A small break


「…ここは?」


ユフィがそう呟く。
レビテトでふわふわと浮いたまま周りを確認して、人数を数えてゆく。全員かなり近くで着地できたようだった(本当のことを言うとわたしが魔法で少し細工したのでそれは当然のこととも言えるけれど)。同じことをしていたティファが安心したように口を開く。


「なんとか、逸れないで同じ場所に着地できたみたいね」
「死ぬかと思った……」
「レッドXIII、怪我してない?大丈夫?」
「ちょっと足の裏が熱くて痛い…」
「火傷かな?エスナかけるよ」


レッドXIIIの足を見ると、確かに少し腫れ上がっている。下は硬い雪だったので摩擦で足を痛めてしまったようだった。エスナをかけると緑色の光が立ち上って、光った場所から傷が消えてゆく。ありがとう、と元気に声をかけるレッドXIIIにどういたしまして、と微笑んだ。


「それにしても、ものすごい寒さだ…あまり長くここにいるとこごえてしまうな」


クラウドが言うのに皆が激しく首を上下に振って同意を示す――ケット・シーだけはきょろきょろと辺りを見渡していたけれど。


わたしも、それには異論はない。けれど、それ以上に気になることがあった。


「…『声』が…消えてる…」
「どういうことだ?星の力が弱ってんのか?」
「…わからない、けど…そういう、余裕がないのかも…」


びゅうびゅうと吹き続ける冷たい風に掻き消えるように、小さな声は消滅してしまった。バレットがそれに何かを考えるように黙り込む。


「ユリアはんはその声、世界中のどこででも聞こえはったんですか?」
「そうだね…ミッドガルでは、聞こえなかったけど」
「…ミッドガルでは…」
「…とりあえずその話はどこか寒さを凌げる場所でしましょう?このままじゃあ凍えちゃう…」


ケット・シーの言葉を遮るように、ティファがそう言う。クラウドが頷いて行くぞ、と声をかけると、皆何も言わずに歩き始めた。ケット・シーはどこか傷ついたような表情を浮かべていた。


(――そっか、神羅の社員、なんだ)


事実を述べただけだし、それは否定できない魔晄炉の功罪でもある――きっとそれは神羅の社員であれば気づいているだろう。それでも少し申しわけのない気持ちになって、ケット・シーから離れるようにペースを緩めた。


地図は今クラウドが持っていて、方向を確認しながら慎重に、けれど凍えてしまわぬよう急いで歩みを進めている。時折空から飛んでくる大きな龍のようなモンスターは専らバレットやヴィンセントの銃と、わたしの魔法で退けて歩き続けると、果てしなく広がる大雪原の向こうに巨大な絶壁が見えた。


「…あれを、越えるの?」
「そのようだな」


遠目にみえるそれに思わず立ち止まったわたしに、隣に立っていたヴィンセントが答えた。皆立ち止まらずに歩いている。ヴィンセントの方を見れば、ヴィンセントは無言でその絶壁を眺めていた。


「…何が、待ってるんだろうね。あの先に」
「…どうだろうな」


行こう。そう声をかけようとした瞬間、前方から叫び声が聞こえる。
――ティファが、何かを叫んでいた。咄嗟に二人で顔を見合わせて走り出す。


「っ、モルボル、」
「知っているのか」
「状態異常を引き起こす『くさいいき』を放ってくるモンスター、スピラにもいたの…下がっていて」


ティファはなにか幻覚を見ているようで、虚空に向かって手を伸ばし、助けを求めている。エスナをかけてやりたかったがまずは目の前のモンスターが先だ。他のメンバーもみな座り込んだり、眠りに就いたりしていて、『くさいいき』を直接浴びてしまったことが伺えた。それらの対応をヴィンセントに任せると、一人その巨大なモンスターと向き合う。


「――アルテマ」


この北の大陸に来てから何度か使った、最強の黒魔法。
ナギ平原のそれと強さが同程度なら、一発放てば消滅するだろう。


雪原を眩い光が包み込んだ。
その向こうをじっと、見つめる。光が消えるとそこにはただ巨大なクレーターのようなものだけが残っている。モルボルは消滅したようだった。


「っティファ!」


急いでティファに駆け寄り、エスナを唱えると、何か譫言を呟き続けていたティファの虚な瞳に突然光が戻る。ハッとしたようにわたしをみた。


――瞳には、涙が伝っていた。


「…大丈夫?」
「え、ええ……わたし、混乱してたみたい」
「…うん、モンスターは倒しておいたから大丈夫」
「ご、ごめんなさい…ありがとう」


ティファが何をみたのかは尋ねる気にはならなかった。何も言わずにティファに万能薬を渡して、ヴィンセントも入れて3人で手分けをして他のメンバーの介抱をすれば、ようやく皆が正常な状態に戻った。


「おい、なんだったんだ、さっきのはよ」
「いきなり出てきたと思ったら眠っちゃった…」
「ユリアが倒してくれたの。モルボル、っていうんだって」
「ユリアはんが。ありがとうございます」
「…ううん、大丈夫」


皆が状況を把握し始めたところで、クラウドが立ち上がる。その背中に向けて、声をかけた。


「モルボルには気をつけたほうがいい…あのモンスターの吐く息は猛毒で…少しでも吸い込むと大変だから」
「ああ…すまない」


クラウドはそういって再び行こう、と声を掛ける。
皆調子を取り戻して、歩き出した。もう絶壁まですぐだけれど、既に寒さは刺すような痛みに変わっている。吹雪の分厚い雲は時間感覚を奪うが、アイシクルロッジからどのくらい歩き続けただろう?どこかでひとやすみできる場所を見つけなければ命に関わるのではないか、そう心配していたところだった。


「…家?」


ユフィが呟いた。
絶壁の麓に、小さな家が建っていた。


皆がちらりと顔を見合わせて、代表としてクラウドがその扉を叩く。
程なくして、中から男が顔を出した。驚いたような表情を浮かべている。


「オオッ、これは珍しい!!人に会ったのは 何年ぶりだろう……おっと失礼! わたしの名は、ホルゾフ。この地に住みついて、もう20年だ」
「クラウドだ。少し休みたいんだが、部屋を借りられるか?」
「もちろんだとも!さあさあ、入りなさい」


男は大きく扉を開け放ち、朗らかにわたしたちを迎え入れる。
それに少し安心したようにため息を吐いて、中へと入った。


「…あたたかい」
「クゥーッ、死ぬかと思ったぜ」


シドがそう言うのに、ユフィが頷いた。
たしかに、こんなところに民家があるなんていっそ都合がよすぎるくらいに都合がよかった。中は暖房が効いているのか暖かく、奥には柔らかそうな布団が並んでいる。


ホロゾフ、と名乗った男は、わたしたちに暖かなお茶を出した。冷えた体が少しずつ熱を取り戻してゆく。それをみながら男が話し出したのは、この絶壁にまつわる話だった。この地に何かが降り注いでできた場所。――エアリスの母親のビデオと、全く同じ話。星を癒すためにたくさんのエネルギーが使われ、氷に閉ざされた場所。


「もし、あの絶壁を登るつもりなら 注意することが2つある。1つめは 雪におおわれて見つけにくくなっている登山ルートをよく確認すること。2つめは 絶壁の途中のタナに着いたら必ず下がった体温を回復させること。…わかったかい?」

クラウドが代表して頷いた。


「ここに来るまで、かなり体力を使ったんじゃないのか? 少し休んでから出発しなさい」


男のその言葉に甘えることにした。立ち止まっては凍えてしまいそうだったので、ろくな食事もできずに歩き詰めだった体は疲労を訴えている。お腹も空いていたが、それ以上に横になりたかった。皆それは同じだったようで、会話もそこそこに布団へと入る。


その日はそのまま、ゆっくりと眠った。