Memories bring back to you.



モルボルというモンスターは生きている人間には厄介だけれど、死人にはあまり関係がない。その上ナギ平原の谷底で200年も過ごしていればそこに住まうモンスターたちには多少の親近感が湧いていた。


当然彼らとコミュニケーションをとることはできないけれど、彼らも彼らでずっと同じ場所にただ存在しているわたしのことを敵だとは認識していなかったようで、何度も近くを訪れる個体が認識できるようになった頃には、彼らが人間の死体や壊れた機械をここへ運んでくることもあった。


そんなものを見せられて嬉しいか、と言われれば嬉しくはないし、腐った人間の遺体は近くに置かれるのも少し怖いもので——そこから新しいモンスターが生み出される様子を黙って見ているのも罪悪感があったし。しかしそれが少なくとも敵意の証でないことは伝わってくるので、彼らに対して小さな仲間意識とか、少々の可愛らしさを覚えていたのも事実だった。


だから。


「あ、」
「エッ、こんなところでモンスターなんて戦えないよ!?」


ユフィが焦ったように叫ぶ。
人間が必死でしがみついて登る絶壁に、悠々と立って歩く美しい体。クァールだった。


「クァール、この世界ではこんなところに住んでるんだ…」
「そんなことに感心してる場合じゃねえだろ!?」


幸いにもすぐそこに絶壁のタナが見える。シドにそう怒られたわたしは急いでそこに上がり、クァールがこちらに気づく前に魔法を放つと、それは緑色の光を放ちながら絶壁の麓の方へと落ちていった。


「フゥ、よかった…死ぬかと思った」


ユフィは下を眺めながらそう呟いて、シドはなるべく下を見ないようにしながら額の汗を拭う。わたしはといえば、罪悪感とまでは言わないけれど、ペットを殺したようなどことなく気まずい気持ちで絶壁の下から立ち昇るライフストリームを見ていた。


絶壁では近距離戦闘しかできないメンバーが固まると危険だし、棚もそう広いところばかりではないので、遠距離戦闘のできるメンバーを分割していた。今一緒に岩壁を登っているのはユフィとシドの2人。この3人でいっしょに行動することはほとんどないのでなんだか新鮮だった。


「でも、結構上まできたね」
「チッ、こんなもん飛空挺さえありゃあひとっ飛びなのによ!」
「ケット・シーがルーファウスたちも来てるって…言ってたけど。あの人たちはまさかこうやって登ったりはしないよね」


麓での会話を思い出しながらそう呟くと、途端にシドの機嫌が急降下したのがわかった。ユフィと二人で顔を見合わせて、肩を竦める。


「そろそろいかない?もう体も温まったっしょ!」


ユフィが取り繕うようにそう言うと、シドは一度小さく舌打ちをしたが、特に何も言わずに岩壁の方へと向かい合った。もう一度ユフィと顔を見合わせて苦笑い。しかし、こうして苦労して上へあがっても、彼らは飛空挺だかヘリコプターだか、飛び道具で軽々と超えてしまうのだと思うとなんだか体が重くなるような気もした。


(……まあ、そんなことを言っていても仕方ない、か)


ユフィやシドといっしょにいると、大変なことも、悲しいことも、ひとときの間は忘れていられる。それを求めているかどうかはともかく、目的のある旅で立ち止まらないためには大事なことだと思う。だから、この3人で行動できるのは先に進むためにはとてもありがたいことだった。いっしょにいるのがヴィンセントだったら、イヤでもいろいろなことを思い出してしまうから。






それからしばらく岩壁を登り洞窟を抜け、再び崖登りを続けると、ようやく頂上に洞窟が見える。赤い旗がはためいていて、仲間たちがここを通過したことを示していた。


「やっと!頂上だー!」


ユフィがそう叫ぶ。ふと振り返ると、なるほど麓からはかなり離れたところまで来ていた。体が冷えてしまわないように3人で洞窟に入る。つららや氷が青く光る幻想的な洞窟は、こんな目的でなければしばらく眺めていたいくらいに美しい。


「…少し、休憩していく?」
「そうだな、腹へっちまってよ」
「アタシも〜。ずーっと歩きっぱなしでもう疲れちゃったよ」


洞窟の片隅に座って携帯用の食料を口に運ぶ。
仮にこの絶壁を登ることが、その先の景色を見るためのものだったら、この洞窟でこうやって座っているだけで十分その目的が果たせたと感じられるだろう。


「…この、世界には、美しい場所がたくさんあるね。神羅に触れられていないところも、神羅の手の下でも」
「ウータイもいいところだったよね?」
「うん。ああ、ロケットも…かっこよかった」
「へへっ…そうかよ」


スピラにも美しい場所はたくさんあった。青い幻光虫の光が川一面に広がる幻光河や、夜にも白く光るマカラーニャの森。帰りたいと思ったことは一度もなかった——あの地には、苦い思い出とわたしの罪が詰まっていたから。けれど、同じだけ優しい思い出や、美しい景色にあふれている。


美しいものを見たときに感じる気持ちは、前に同じ感情を抱いた時の記憶を否が応でも思い出させる。夜の幻光河を、大切な人と二人寄り添って眺めていた時のこととか、その温もりに包まれて明かした夜のこととか。


「……そろそろ、行く?」
「うーん、そうだね!早く行かないとセフィロスのヤツ、何するかわかんないもん」


ユフィがそう答えた。


きっと洞窟の先には仲間たちが待っているだろう。そして、セフィロスも。この先に何があるのかはまだわからないけれど。だから、感傷に浸っている場合ではない。


(行かないと、)


思い出はいつもわたしを此処へとどめようと後ろ髪を引くけれど、わたしのやるべきことは——それがなんであれ——この道をまっすぐ、前へと進んだ先にしかない。