The shadow



この旅を始めて以降、こうして村でも街でもない場所で一人になるのは初めてだと気がついた。中心へ向かってテレポを駆使しながらなんとか足を止めずに走り続けるが、他の皆の姿はなかなか見えない。


ようやく遠目に人がいるのが見えて、思い切ってその手前を目掛けてテレポを唱えた。
そこでは、黒マテリアを持ったクラウドが背を向けて――ティファの方を向いて立っていた。わたしが現れたことに気づいた仲間達と、神羅の人々と思しき数人がちらりとこちらに視線を向ける。


(――間に合わなかった、)


あの場であれだけ時間を使ったことを思えば予想できたことだったとはいえ悔しさに歯噛みする。クラウドはまるで別人のような声でティファに向かって語りかけていた。


「いろいろ良くしてくれたのに……なんて言ったらいいのか……俺、クラウドにはなりきれませんでした。ティファさん……いつか、本当のクラウドくんに会えるといいですね」


ティファは絶望したように膝をついている。クラウドはふわりと舞い上がり、天井へと着地した。誰しもが黙り込んでいる中で、ただ一人嬉しそうに笑っている白衣の男がクラウドに声をかける。すぐにわかった。アイシクル・ロッジでみたビデオより少し年老いているが、同じ白衣を来た男。語られる真実はおおよそ予想通りのもので。


クラウドはもう、クラウドとしての人格を失ってしまったようにまるで別人のような表情で宝条と話している。ティファは膝をついて俯いたまま動かず、事実を知らされた他の仲間達は傷ついた表情で天井を歩き回るクラウドを見つめていた。


「俺、セフィロスを追っていたんじゃなかったんです、セフィロスに呼ばれていたんです。……セフィロスへの怒りと憎しみ。それは俺がセフィロスのこと、忘れないようにと セフィロスがくれたおくりもの……」


星は強い敵意を発し、あたりには絶えず地響きが鳴り響く。
クラウドは気にも止めずにセフィロスを求めていた。譫言のようにセフィロスを求めていたあの黒マントたちと同じように。


「セフィロス? セフィロス? 俺、来ました。黒マテリア、持ってきました。姿を……見せてください。どこにいるのですか?」


やがて、その中心から魔晄のクリスタルに包まれたセフィロスが現れる。クラウドはそれに気が抜けたような笑みを向け、宝条は高笑いをした。セフィロスに会えたことを心の底から喜ぶように。高濃度のライフストリームの中でも拡散することなく生き続けたセフィロスの強い意識。それがこの竜巻の中心で強い悪意として渦巻いている。


この星を壊したい、強い敵意と、黒マテリアの力が、混ざり合った。


「おい! クラウド! やめろっ! やめてくれ!」
「クラウドーーーーー!!」


バレットやティファの声はもう届かない。クリスタルの向こうの黒マテリアが黒く光った。地響きはどんどん大きくなってゆく。星が動き始めたのだと直感した。


「ユリア!」
「先に行って!」


飛空挺に乗り込んだ仲間達の声が聞こえたが、叫ぶようにそう言葉を返して胸に手を当てる。『召喚』すると体に痛みが走った。――やりすぎだ、そう分かったけれど星の危機に出し惜しみはできない。今日3度目の緑色の光が体に立ち上って羽根を広げる。


飛空挺がふわりと浮かび上がった瞬間、羽根を広げてわたしも飛び上がった。
ライフストリームが集まり、コップから水が零れるように周囲へと広がってゆく。その波のような流れの中、逆らうように進んでゆく。


「往生際が悪いな」


どこかから声が響く。嘲笑うような冷たい声だった。
高濃度のライフストリームは体に大きな負荷をかけ、ただでさえ3度目の召喚は既に限界を訴えている。無理やりに羽根をはためかせると、なおもクラウドを探してひとり飛び回る。


ふ、と目の前に黒い影が現れた。


「…セフィロス…!」
「お前は『オレが喚んだ』のに、オレの邪魔をするのか?」
「あなたが…喚んだ…?」
「ライフストリームに流れたオレの意思にお前の存在が干渉した。お前がここにいるのはそのお陰だろう?」


この世界へ連れてこられた時に光の中で見た、銀の影を思い出した。
今更にわかった、わたしがここにいる意味。
けれど、今となってはそれはもう、取るに足らないこと。


「…そんなことはどうでもいい、クラウドはどこ?」
「クラウドなど初めからいなかった。とうに消えていたのだと…分かっただろう?」
「…あなたのそんな御託はどうでもいい、そこをどいて」


剣を振り上げ、セフィロスの方へ飛びかかった。
刀が触れる音がして、間近で透き通った青い瞳がこちらを見ていた。透き通るそれは氷のように冷たく、唇はにやりと吊り上げられている。


「っ!」


思わずセフィロスから離れて、胸を抑える。ばくばくと大きな音が響いて、握っていた刀がライフストリームの向こうへと溶けていった。


「お前のその体はライフストリームの影響を受けやすい…特にその『不純物』の影響にな。オレに近寄るのは…危険じゃないか?」
「…、セフィ、ロス…」
「さあ、クラウドを探しに行くか?――『頼まれ』たんだろう?」
「…この、」


ジェノバは記憶を読む。先ほどあったことも全部目の前の男は知っている。
悠然とそこに佇むセフィロスを強く睨みつけたけれど、結局耐えられなくなって俯いた。
――これ以上ここにいたら、わたしも無事では済まない。


「この星を、お前の好きにはさせない…」


そう絞り出すように言った。セフィロスは何も答えずに笑っていた。
もうほとんど感覚のない羽根を動かしてセフィロスから離れてゆく。ライフストリームの濃度はだんだんと薄くなり、呼吸の苦しさが少し落ち着くと、ようやく緑色に包まれた視界が元に戻ってきた。遠くに見える飛空挺と、雄叫びをあげる巨大な何か――ウェポンだと直感する。


「…っ、ぅ、ぁ…っ」


がくり、と体が重くなる。体がうまく動かず、飛空挺は遠い。甲板のほうに皆がいるのが見えた。必死でそこに向かって飛び続ける。


遠くで、赤いマントが揺れていた。それに少しずつ近づいて、けれど体はもう限界を訴えるように緑色の光を発している。もう、形を保つのさえ難しくて、


「ユリア!!」


瞳を閉じた瞬間、誰かがわたしの手を掴んだ気がした。
光が消えて、意識が遠のいて行った。