between the two of us


今日もまた薄く意識が戻ったけれど、相変わらず体が重くて、痛くて、星は耳を擘くような叫び声を上げている。苦しいけれど、わたしはどこで、何をさせられているのだろう。遠くでがちゃがちゃと、何かをいじる音が聞こえる。誰かいるのだろうか、そう思ったけれど相変わらず前は見えないし体も動かない。ただ痛みを堪えてぼんやりと時が過ぎるのを待つ。


それは唐突に終わりを迎えた。
ふ、と、突然、体をずっと貫いていた重たい痛みが引いた。


「…っ、ぁ、」


思わず口を開くと、久しぶりにわたし自身の声が鼓膜を揺らす。
体が少しずつ軽くなって、自由が戻ってくる。ゆっくりと瞳を開いた。


ぴくぴくと痙攣する目蓋の向こうに見えたのは、見慣れない部屋と、そこに立つスーツを纏った見覚えのない男。男が何かのパネルを操作すると、カプセルのような目の前の透明な入れ物がぱかりと開いて、前へ倒れ込むようにそこから出た。


「大丈夫ですか?」


低く穏やかな声が鼓膜を擽る。
顔を上げると、差し出されていた手に触れた。しっかりと掴まれて上へ引かれ、立ち上がる。


「…あなたは…?」
「…わたしは…いえ、すみません、時間がないのです。あとで詳しく説明しますから、今はここから離れていただけますか?ただあなたの敵ではありません、約束します」


男は手に持っていた銃でわたしが今先ほどまでいた場所を粉々にしてゆく。彼が操作していた何かと共に。近くにある机に体重を預けてなんとか周囲を見渡せば、どこかの研究室のようだった。敵ではない。なんの情報もないが、真剣な表情と声に、疑う気は起きなかった。


「…『召喚』することはできますか?」
「…たぶん、できる」


どうして知っている、とか、そんなことを尋ねても答えは返ってこないだろう。それに安心したように頷いた男は、近くにあった扉を開いた。細い廊下の反対側に、大きな窓が見える。夜空には大きな月が輝き、見下ろせば、巨大な街。


「…ミッドガル…?」
「ええ、そうです。もうすぐあなた方の仲間が飛空挺に乗ってきます。そこまで、ご自身の能力で行ってください」
「飛空挺、って、神羅の…?」
「…今はシドが実質の艦長です。宝条はもう数十分も待たずに戻ってくるでしょう、今しかありません」


持っていたライフルで、その窓を数発打てば、大きな窓がそのまま外れて下へと落ちていった。大きな音が響くが、不思議と此処は静まり返っている。


「こちらの窓から、どうぞ。飛空挺はもう近くまで来ています」
「…あの、ありがとう」
「…っ、ええ…では、無事を祈ります」


男の声を背中に受けて、ゆっくりと羽根を広げ、窓の外へと踏み出した。
男の言葉を全て信じてしまってもいいのだろうか、と考えたが、男の表情を思い出して考えるのをやめる。高く飛び上がって周囲を見渡すと、空高くに見える赤い光が夜空を怪しく照らしている。——ああ、メテオだ。誰に言われずとも分かった。


(セフィロスは、メテオを発動したんだ、)


体はいまだあの痛みを覚えている。
そうしてあの時彼を止めることはできなかったのだから、こうなるのは分かっていたことだ。できることは残っているのだろうか。まだ仲間たちは希望を捨てていないのだろうか。


——クラウドは、どうしているのだろう。
よろしく、と告げた明るい男の声が胸に響いた。


羽を広げて、もう少し高く飛び上がる。遠くで何かが光っているのが見えた。


「…あれ、かな」


近づくと、気を失う前にみたのと寸分違わぬ飛空挺の姿があった。甲板で手を振っているのは——バレットだ。周囲にはデブモーグリと、ヴィンセント、ユフィの姿もあった。男の言っていたことは間違っていなかったのだと、小さくため息を吐く。


体は滑るように飛空挺に近づいてゆく。ふわりとそこに降り立って、『召喚』を解いた。


「っ、」
「ユリア!」


バランスを崩した体を、体温の低い腕が支えた。
男が機械を操作した時に一度引いた痛みが再び体を襲って膝をつくと、ヴィンセントが傍に座って肩を支えた。何度も突き放したのに、彼の腕はいつも優しい。


「大丈夫か!?」
「だい、じょうぶ…ありがとう…っ」
「ぜんっぜん大丈夫そーにみえないけど!?」


バレットとユフィが駆け寄って心配そうに顔を覗き込むので、汗を拭って笑みを作った。痛みは少しずつ引いて、ヴィンセントにありがとう、と一言告げると立ち上がる。


「助けに、来てくれた?んだよね」
「まあな。ちゃんとお前が来るかどうか、ヒヤヒヤしたぜ」
「…うん、よかった。ありがとう」


まだ体が少しふらふらとする。貧血のようなそれにいったいどれだけの間あの場所で眠らされていたのだろうかと考え——体を襲う疲労感に思考を諦めた。


「いろいろ聞かないといけないけど…とりあえず休みたい、かな」
「そう思って部屋の準備はできとります。シャワー浴びてきなはれ、ずっと魔晄につけられとったんやで」
「そうだったの…よく覚えてなくて…」
「ずっと眠らされとったんや、覚えてへんのも無理ないわ…」


ケット・シーは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。詳しいことを知っているのはこのぬいぐるみだけなのだと思うが、それを尋ねるほどの元気さえない。それを察したのか、ユフィが立ち上がった。


「部屋、アタシが案内するね!」
「ありがとう。…じゃあまた明日」
「おう、ゆっくり休めよ」
「うん、おやすみ」


甲板を出て、船内へ入ると、いくつかの仮眠室とシャワールームが並んでいた。ユフィは慣れた足取りでその奥へと進んでゆく。ある扉の前で足を止めた。


「ここ、アタシとティファと、ユリア専用のシャワールームだから好きに使って!着替えも置いてあるから」
「なるほど、ありがとう」
「で、向かいのここ、ユリア用の個室。鍵はこれ」
「うん、ありがとう」
「ううん、ちゃんとユリアが戻ってこれてよかった!また明日ねー!」
「…ありがとう、おやすみ」


ユフィは案内だけ済ませると、部屋へと戻って行った。詳しくは聞いていないけれど、疲れた表情をしていたので彼らも彼らでいろいろ大変だったのだろう。明日聞こうと決めて更衣室の扉を開けた。


シャワーを浴びると、体に何かどろりとした感触があるのがわかる。てっきり服を着たまま魔晄に浸けられていたのだと思っていたが、それ以外にも何かされたのだろうか。神羅カンパニーの研究室。男が言っていた、「宝条が戻ってくる」と。そこに、宝条がいたということだ。それはつまり、どういうことなのか、考えずともわかる。ほとんどなんの記憶も残っておらず、北の果てで気を失ってからどれだけの時間が経過したのかさえ定かではない。何をされたのか、どこを触られたのか全く分からないというのは不気味で、恐ろしいことに思われた。


「…っ」


奥歯を噛みしめながら、ゴシゴシと全身を石鹸で洗ってゆく。肌が赤く痛みを持つまで擦って、それでも気持ち悪い。けれど、これ以上やっていると傷になってしまうので諦めて石鹸を置き、泡を洗い流した。全身鏡には所々赤くなった裸体が写っている。傷跡は見えないが、自分の体の回復能力の速さは自分が一番理解している。腹部に走った痛みのことを覚えている。


「…気持ち悪い、」


小さな声がシャワールームに反響する。小さな音を立ててシャワーの水が止まった。髪を絞って、更衣室の扉を開く。体についていた不快な感触を思い出すと、今まで着ていた服を捨ててしまいたい衝動に駆られた。次の目的地では服を買おうと決めて、置かれていたバスローブに身を包む。ふわふわとしたそれは洗濯されてすぐのように清潔で、少しだけ気持ちが落ち着いた。


——今日は何か考えるには少し、疲れている。
幸いにも部屋はすぐそこだし、今日は早く寝てしまおう。髪を乾かしながらそう思った。


寝る準備を整えてしまって、扉を開けて廊下へと出る。
扉を閉めて、振り返り、そうして、固まった。


男が、立っていた。


「…ヴィン、セント」
「……」


ヴィンセントは何も返さず、視線を彷徨わせていた。わたしもそれ以上何も言えずに、同じように忙しなく辺りを見渡す。人の気配のない廊下で二人の男女が何も言わずに向かい合っているのはどこか異常な光景だなと、客観的な自分がどこかから囁いた。


古代種の都から——否、初めて出会った時からずっと埋まらない距離が、二人の間には横たわっている。
近付くことも、遠ざかることもできずに、二人はただ、立ち尽くしていた。