We are still fighting.



診療所の外でティファを待つ。どこかものものしい雰囲気のただよう診療所の前で、硬い表情の皆と、ティファに気を遣ってくれた医者と看護師らとが佇んでいた。生ぬるい風が吹いて、石畳の地面の枯れ葉をさらってゆく。


電話越しのバレットが、詳細を何も告げなかった理由も、朗報のはずのそれを告げる声が決して明るいものではなかった理由も、彼の様子をひと目見ればそれだけで、苦しいくらいに理解できた。


『シン』に近づいたものは記憶が混濁したり、自我を失い廃人になったりすることがある。『シン』の「毒気」と呼ばれるそれがなんだったのかは分からないけれど、極端に高い濃度の魔晄に触れた者が起こすという中毒症状はどこか、スピラにいたころに出会った彼らと似ている。ライフストリームはこの星を形作り、命を育てるけれど、時にこうして人を壊してしまう。きっとこのシステムに心はない。まったく『シン』と同じだった。


——人の気持ちとは関係のないところで、簡単に誰かを壊してしまう。
ティファにかけることばが見当たらない。


「…穏やかじゃあなかったね」
「ティファさん、大丈夫やろか……」


ケット・シーの言葉に同調するように、皆静かに診療所の方を見つめる。扉はまだ開かない。ただ呼吸をする以上何もできない彼に、ティファはどんな言葉をかけているのだろう。ただ黙って見守ることしか、できないけれど。


「なあ、先生さんよ。ほんとうのところを教えてくれよ。クラウドのヤツはどうなんだ? ちゃんと元にもどるのか?」
「くりかえすが彼は重度の魔晄中毒だ。あそこまでひどいのは、わたしも見たことがない……魔晄エネルギー内に潜むぼうだいな知識の量……。それがいっぺんに彼の頭の中に流れこんだんだろう……ふつうの人間にはたえきれるものじゃない……。生きているだけでも、きせきだ!」
「ムリねえかあ……。ライフストリームに落ちてここまで流されて来たんじゃなあ」
「しかし、どんなところにも希望の光はある。あきらめては、いけない。いいかい、君たちが希望をすててしまったら……いったい彼はどこへ帰ればいいというのかね?」
「……。希望か……たしかにいま、オレたちに残されてるのは、そいつだけかもしれねえなあ……」


帰る場所。有名な医者だという彼の言葉が静かに胸に染み渡った。
希望という言葉は好きではなかった。信じても叶わないことばかりで、願ったのと同じだけ悲しみが胸を満たす。それでも、あの時背中から聞こえた声を思い出せば、今はそれを少しだけ信じられると、そう思っている。


「…クラウドには、クラウドを支えてくれる人がたくさんいる。きっと大丈夫…きっと」


半分くらいは、自分に言い聞かせていたのかもしれなかった。すこし穏やかになったその場所で、診療所の扉が開き、ティファが弱々しい足取りで歩み寄った。酷く傷ついた表情を浮かべて、話があると、そう告げた。


皆で診療所に戻ると、相変わらず「う……あ……」と呻き声を漏らすばかりのクラウドがそこにいた。ティファはそれを痛々しげに見遣ってから、こちらへ向き直って口を開く。


「話っていうのは、ほかでもない クラウドのことなんだけど……私……彼のそばにいてあげたいの……」


驚きはなかった。もし自分がティファの立場だったら、こんな状態の大切な人を放ってどこか遠いところへなど行けるわけがない。それに、もしクラウドが元に戻ったときに、隣にいるべきはティファだとも思う。一人残してゆくのは心苦しいけれど。


「ああ……そうしてやるのが一番かもしれねえな……クラウドにとっても、お前にとっても………」
「ティファさんが看病してくれるんやったら、クラウドさんと代わってほしいくらいですわ」


バレットやケット・シーが励ますようにそう言うけれど、ティファの表情は暗いまま、ごめんねと繰り返す。ティファにそっと歩み寄って、両手を握った。


「…大空洞で、ザックスとエアリスに会ったよ」
「…ユリア?」
「クラウドをよろしくって言われたんだ。ライフストリームの中には二人の意識がある……そんな簡単に、クラウドを壊したりしない。だから、きっと大丈夫。目覚めて最初にみるのはきっと、ティファの顔がいいと思うから…だから、わたしたちの代わりに待っていてほしい」


そんな言葉でティファを元気付けられるとも、不安を和らげられるとも思っていないけれど、ティファが弱くわたしの手を握り返すのを感じた。ありがとう、消えそうな声でそう言われて、強くうなずく。


それからもう誰も、何も言えずに、清潔な白い病室では、相変わらず状況を理解できずに呻き声をあげるクラウドの声だけが響いていた。少し離れたところで意味のない動作を繰り返す彼の金髪が、色のない真っ白な部屋の奥で、白い蛍光灯に反射して眩しく輝いていた。







診療所にティファとクラウドを残し、一行はハイウィンドへ戻るために町を歩いていた。途中、マテリア屋の前を白い子チョコボが走り回っているのを見かけたユフィがそれに反応してあ、と大きな声を上げるので、みなそれに立ち止まる。


「さっきの!」
「さっきの?」
「ああ、あの子チョコボ、アタシにマテリアくれたんだ」


ユフィが満面の笑みで見せてくれたのは緑色の石だった。この世界ではとても珍しいのだというそのマテリアをユフィは愛おしげに撫でている。あとでクリンにお礼言っとかないと、と呟く彼女はほとんど無意識なのだろうけれど、吸い寄せられるようにマテリア屋の方へ消えていってしまって、その様子に皆一様に苦笑いを浮かべた。


ユフィがマテリアを見に行くのなら、少しの間は休憩せざるを得ないだろう。手に持っていたロッドを見つめると、少し罅が入っている。使えないことはないけれど、今後戦い続けるのなら新しいものを買っておきたいと、そう思うくらいには使い込まれている。


「…わたしも少し、武器を見てもいいかな」
「ボクもマテリアみてきます〜」


希望を捨てないのなら、これからも戦いは終わらないはずだと皆わかっている。諦めるつもりならマテリアも武器も要らないはずだから、そうして武器やマテリアを見に行こうと動き出す彼らはまだ誰も、立ち止まるつもりはないのだと、その思いが伝わる。


誰もまだ諦めていない、そうわかるだけで力になると思う——思えるくらい、知り合ってすぐの時からずっと共に旅を続けてきた彼らがわたしの大切な仲間になっているのだと、今更ながらに気づかされた。


だから。


——大切なものはもういらないなんて、そんな風に思っていたのがひどくばかばかしいことのように思えた。


(——エアリス、わたしたちまだ、戦ってるよ)


だから、最後まで見守っていて。
優しい風が背中から吹いて、落ち葉や小枝を巻き上げて空へと吹き上がる。もう少しだけがんばろうと、そう思えた。