Memories of my life



「アタシ、ユフィ!」
「オイラのことはレッドXIIIって呼んで」
「…チッ。バレットだ」
「まあまあバレットはん。エアリスさんがこう言ってるんだしもうええでしょ。ボクはケット・シー、よろしゅう」
「あと、さっき降りて行ったのがクラウドと、ティファ。多分もうすぐ、戻ってくる」
「…うん、あの、ティファとバレットは、見たことあるよ。七番街スラムに5年暮らしたから。…なくなっちゃったけど」
「…そ、そうかよ。どこに住んでたんだ?」
「八番街との境目の近くかな。喫茶店をやってた」
「…もしかして、『ブリッツ』か?」
「あれ、知ってる?」


警戒心といえば聞こえはいい方で、明らかに敵でも見るような目つきでこちらを睨んでいたバレットは驚いたように瞳を瞬かせた。それ以上に、あんな場末の小さなカフェの存在をまさか知っているとはおもわず、私も驚きに包まれながら聞き返す。


「ビッグスという男が常連にいなかったか?」
「ああ、ビッグスさん。赤いバンダナの。知り合いなの?」
「…まあな」


思いがけず常連の客の名前が出て笑顔になるが、逆に名前を出したバレットの表情は暗かった。それで全てを察する。笑顔が萎んでゆく。思い出すのは、瓦礫に沈んだスラム街のこと。


「もしかして、あの…」
「…プレート落下に巻き込まれた。もともとオレ達を始末するために神羅の奴らがやりやがったことだ」
「…え?」


神羅が、「俺たち」を始末?


「…アイツと俺は、アバランチのメンバーだった。壱番魔晄炉を爆破したのは俺たちだ。だが7番街はちげえ。奴らは…街ごと俺たちを始末するために…ッ」
「…それは」


そのとき、ぬいぐるみのはずのケット・シーがなにやら複雑な、耐えるような苦しげな、表情を浮かべたのをみた。こんな古びた屋敷でセフィロスと聞くや表情を変えた彼らがどんな仲間なのかはわからないが、どうやら訳ありの集団みたいだ。


——アバランチのことは噂でしか知らない。神羅は悪評を流していたしスラムの住人も迷惑をしていたが、基にしている思想自体は興味深いもので、この5年の間に星命学には触れた。それは、スピラの思想とも近かったので、親しみやすかったのかもしれない。


それに、神羅がやっている魔晄エネルギーの利用——それが星にとってよいことであるはずはなかった。雑草も生えないスラム街。何かを犠牲にしているのは、明らかで。アバランチに良い印象があるわけではなかったけれど、同様に神羅に対していい印象を持っていたわけでもない。——どちらも、なんだか自分には縁遠いもののような気がしていたから。だから、そうだったのか、なんて無感動に考えた。


「…ビッグスのことは、残念だった」
「…アイツ、『ブリッツ』の店主は美人で話しやすいってよ、時間さえあればオメーの店に通ってやがった」


店の名前はスピラで好きだったスポーツの名前だった。この世界にはないのが残念で、せめて店の名前にくらい残しておこうとつけたもの。4年目にして少しずつ増えてきた常連客のほとんどがおそらくあのプレートの下敷きに…。250年間人と出会うことも、人と別れることもなく忘れていた胸の痛みはこんなものだっただろうか?先ほどクラウドが自由にしてくれた左手でそっと胸を抑えた。バレットは何かを言いたげにしていたが、結局ため息を吐いて瞳を逸らした。


気まずいような沈黙が場を支配して、やがてそれは階段を上がる3つの音が聞こえて終わる。——3つ?


「…クラウドと、ティファ」
「…ああ、話はついたか?」
「…あの、わたしも、ごいっしょしても?帰る場所もないし…セフィロスが、なぜわたしを狙っているのか、知らないといけない」
「そうだ、お前、それはなにもしらねーのか?」
「…全く、想像がつかないわけじゃないけど。でも、この世界では誰にも——」
「『この世界』?」


見知らぬ声。
クラウドの後ろから背の高い影が伸びていた。クラウドと、ティファが階段から出て、そしてもう一人、黒髪の美しい男だった。温度のない赤い瞳が、じっとこちらを見ている。


「アンタだれ?」
「…ヴィンセントだ。元神羅製作所総務部——」
「神羅だと?」
「…元、だ。30年ほど前に科学部の宝条に人体実験を施され地下で眠り続けていた」
「…30年?」
「…」


どうやら、じっくりと話した方が良さそうだった。そう感じたのはわたしだけではなかったようで、ひとまず宿屋へ行こう、とクラウドが言う。そもそも此処はどこなのだろう?眠っている間に連れてこられた此処はミッドガルではないことはわかる。


「あの、此処はどこの街なんですか?」
「お前、屋敷にいたくせに何も知らないのか?」
「…セフィロスがわたしを運ぶ間、ずっと眠らされていたので」
「セフィロスが運んだ?」
「…あとで、ゆっくり話すよ。ヴィンセント」
「…ああ」


屋敷の外に出ると、囁くような星の声がいっそう、怯えを含んだものに変わる。
黒いマントの虚ろな人々が、彷徨うように街を歩いていた。


「——何、この、街…」


思わずそう呟いた。


「…俺たちの故郷、ニブルヘイム。5年前になくなったはずの街だ」


クラウドがそう答えた。
なくなったはずの街?エボンでさえこんな光景を見たことはない。何かを探すようにふらふらと歩く自我のない人間たち——視界に入れるだけで、星の声が耳に付く。なるべく視線を合わせないよう、うつむきながら一行を追いかけた。


たどり着いた宿では平然とした表情の店主が部屋を用意し、食事を運んできた。どうやらここへ来る前にクラウドたちが訪れたようで、わたしとヴィンセントを除く皆は何か胡乱そうな顔で男を見ていたが、彼に何か尋ねることはなかった。男も男で、無言で食事を並べると、何も言わずに部屋を出て行った。


寝室の鍵を受け取ると、食事を口に運びながらクラウドが口を開いた。


「俺とティファ、それにヴィンセントはお前のことを聞いていない。もう一度話を聞かせてもらえるか」
「もちろん。もう一度自己紹介をすると、ミッドガル七番街スラムのユリア。わたし、ティファのことは知っているよ。七番街スラムで何度も見かけた」
「こいつ、ビッグスが最近通ってたカフェのマスターだったんだ」


補足するように付け加えたバレットはその情報のおかげか、だいぶ警戒心を緩めていることが伝わってきた。むしろ罪悪感のような、気まずいような感情が表情から伝わってくる。ティファもそれについて何かを知っていたのか、驚いたような表情のあとに少し気まずげにこちらを見ていた。クラウドとヴィンセントはよくわからないようで、静かにこちらを見ている。


「あなたのことはたまにビッグスから聞いてたわ…わたしもいつか行こうと思ってた」
「わたしこそ、セブンスヘブンのこと、七番街のランドマークだと思ってたよ」
「それは…ありがとう」


少し俯きがちにそういうティファはきっと、あのプレート落下の傷が完全に癒えたわけではないのだろう。ただそのことはもう考えたくない、そう思っているように見えた。


「…でも、わたしがこの世界に来たのは5年前。それまでは『スピラ』と呼ばれる場所にいた」
「…ウータイに伝わる神話の地か」
「ヴィンセントは知っているの?」
「…任務で聞いたことがある」


ティファの問いにヴィンセントは静かに答えた。信じているのかいないのか、感情の読めない表情で静かにこちらを見ていた。


「スピラには『シン』という怪物がいて…定期的に街を荒らしてはたくさんの人を殺し、建物を壊して去ってゆく。唯一それを倒せるのは召喚士。召喚士はスピラ全土にある寺院をガードとともに回って祈り子と交信し、召喚獣の力を得る…そして最後に北の果てザナルカンドで究極召喚を。シンを倒す唯一の力…そしてひととき『シン』を倒してもそれは短い『シン』不在の期間『ナギ節』を経て再び復活する…」
「ユリアは召喚士だったの?」
「…わたしは…元はガードだった。召喚士…ハルクの…」


その名を久しぶりに呼んだ。思い出すのは闇に染まった最期の瞳だった。


「…そして…今はハルクの…究極召喚の祈り子…」


自分のことをこうやって話すのはすごく、勇気のいることだと思う。
まして、自分を信頼しているわけでもない、初めての人に。自分の声が震えているのが、自分でもわかった。