After the fights



結論から言うと、ユフィどころかわたしも何の役にも立たず、仲間たちはあっさりと——とは言っても傷だらけだったしひどく疲れた表情をしていたから、きっと大変だったのだろうと思う——ヒュージマテリアを持ち帰ってきた。


コレルでバレットとレッドXIII、ケット・シーを下ろして、それからシドはコンドルフォートへ向かったけれど、ユフィの体調は悪化するばかりだった。3人でいこうか、と話して飛空挺を降りたけれど、魔晄炉に近くにつれてなにか嫌な声が——世界の全てを呪うような声が辺りを包み込んでいた。


「……きもち、わるい……」
「あ?ユリア大丈夫かよ」
「……だ、大丈夫だとは思うけど…」
「…無理はするな」


と、そんな会話を交わし、心配げな表情を浮かべるヴィンセントにそう大変でもないだろうからと止められたわたしは、コンドルフォートで待っていた老人と3人で二人の帰還を待つこととなった。


ミッドガルにはあれだけの魔晄炉がありながら声は何も聞こえなかった、と思っていたけれど、あれはただ、魔晄炉がプレートの上にあって近づけなかったからなのかもしれないと今更のように思う。ニブル魔晄炉で聞こえたそれは星の悲鳴で間違いないのだと今なら確信できた。こう大事な時に何もできないというのはひどく無力感を覚えるけれど、待っている間、万能薬もエスナも効かなかった船酔いのユフィにはアレイズをかければよいのだ、ということが分かったのでそう無意味な時間でもなかったと自分へ言い聞かせる。


「とにかく、みんなお疲れ様」
「オウ、みろよこれ。こんなんが何の力を持ってるんだ…?」
「ヒュージマテリア…ふつうのマテリアに近づけると何かが起こるかもしれないんだっけ…?」


レッドXIIIに問いかけたけれど、彼も別段詳しくはないようで、そのはずだけどどうだろう、と尻尾の灯火を少し小さくして耳を下げる。責めているわけじゃあないのだから大丈夫だよ、と頭を撫でると、ぴょこぴょこと跳ねる尻尾が可愛らしい。


「…ひとまず、次の行動を決めるべきでは」


ヴィンセントのその言葉に振り返ると、少々面白くなさそうな顔をした彼と目が合った。彼の表情の変化は分かりづらいようでいて実は分かりやすいのだと、そう気づいたのは最近のことだった。可愛らしいので彼の頭も撫でてやってよかったけれど、流石に揶揄われてしまいそう、と考えて、彼の隣に歩み寄って何も言わずに小さく笑って頷けば、少し気まずげに瞳を逸らされた。


(……可愛いな)


心の中でそう思ってから、気を取り直してどうしようかと話す皆の会話に耳を傾けた。


今は次に神羅が向かうであろう場所、ジュノンの海底魔晄炉について話し合われている。ケット・シーによると、2回連続でヒュージマテリアを奪われた彼らは警戒を強めているということだったので、ひとまずミディールに戻ってクラウドとティファの様子を確認しよう、と決める。


「ティファ、大丈夫かな…?」
「オイラも心配だな、追い詰められてないといいけど…」


動き出した飛空挺の中でティファやクラウドに思いを巡らせる。クラウド自身よりもあの状態のクラウドとずっといっしょにいるティファの方が心配だった。みな同じ気持ちのようで、レッドXIIIのその言葉にはみな——特に長い時間共に過ごしただろうバレットが、何を考えているのか神妙な表情を浮かべている。


このときわたしは、なにかきっかけがあればよいのだけれど、なんて、そんなことを思っていて、まさかそれがあんな形で訪れるとは考えてもいなかった。







ミディールに戻ると、すこしばかりざわざわとした町に出迎えられる。海の様子がおかしい、ライフストリームが暴れているという老人の言葉の通り、あたりには少し、不穏な気配が立ち込めていた。なにか強い——敵意、のようなもの。大空洞で感じていたそれや、ミッドガルで聞いていたのとも近い、刺すような声が脳に響く。


「ユリア」
「ヴィンセント、どうしたの?」
「…様子がおかしいが、何か異常でも見つかったか」
「……」


本当にこの人は、周りをよく見ているなと、いっそ感心してしまう。
どのように説明したらよいのかはわからない——エアリスだったら何かもう少し分かったのかもしれないけれど、なんてもう何度目かわからない感情を抱きながら、慎重に言葉を選んだ。


「…星が…怒っているような、そんな気がする……ミディールエリアに入ってからずっと…嫌な、予感がする…」
「お前がそう言う時は、大抵何か大きなことが起きる。…警戒しておこう」


この人はいつも静かに一人で少し離れたところに佇んでいて、臆病だったり、弱かったりするところもあるけれど、それ以上にただただ優しい。わたしの自己嫌悪も、無力感も全て分かって、それを静かに包み込んで、ただ信じていてくれる。何を言うでもなくただわたしの言葉を信じてくれる彼に、胸が熱くなった。


「…ありがとう」
「いや…私たちの方が、お前にはいつも助けられているからな」
「ヴィン、セント」


ほんの僅かに吊り上げられた唇と、そして暖かな炎を宿す赤い瞳が、彼の感情を強くわたしの心へと伝えて、知らずのうちに唇が緩んでしまう——脳に響く声は変わらなくとも。不安げな表情の町を通って、一番奥にみえる診療所を目指した。


「ティファ!」
「…ユフィ、みんな」


診療所に入ってすぐ、ユフィがティファの名前を叫ぶと、最後に別れた時よりもまた少し窶れたような、顔色の悪いティファが出迎えた。椅子に座っていたティファが立ち上がろうとしてよろめくのを、慌ててわたしとユフィが駆け寄って支えると、弱々しい声でありがとうと囁くので、心配はいっそう増してしまう。


「ティファ、ちゃんとご飯食べて寝てる…?」
「うん、大丈夫よ、心配しないで」
「心配しないで、ったって…」


ユフィは何かを言いかけるけれど、何も言えずに黙り込む。そんなわたしや、ユフィや、ティファの心情にも気づかず、相変わらずクラウドは体を不規則に動かしては呻き声をあげるばかりで、その呻き声を聞くたびにティファは傷ついたような、悲しいような表情を浮かべるのだから、診療所全体に暗い空気が漂っていた。


「彼女、最近さすがにつかれがみえてきたみたいだけど……大丈夫かしら?ぜんぜん変化がない中でそれでもがんばりつづけるのって結構しんどいのよね。このままじゃ、彼女の方までおかしくなっちゃうんじゃないかしら……」


看護師がそう不安げに話すのが遠くに聞こえる。バレットがそれに頷いて何かを話していたが、やがてそれに看護師が何かを返すと、入り口に立っていた皆をティファやわたしたちのいる病室の方へと連れてくる。


「さあ、ベッドは十分空いてるから。貴女もよ?彼は私たちがみていてあげるから、少し寝なさい」


看護師の彼女が朗らかに笑ってティファの肩を叩く。ここにティファやクラウドを残していってから今まで、ほとんど休みなしに戦ってきた皆もまた、疲れた表情を浮かべている。ヒュージマテリアを奪還しても、クラウドはこのままいつ元に戻るのかもわからずに、不安のなかでどうにか足掻いてはいるけれど、それはひどく、精神を摩耗する行為なのだと思う。


「ありがとうございます…」


皆それぞれに休息が必要だ、それはたぶん、わたしにも。脳に響くその声は今も激しくてきっとろくに眠れはしないのだろうけれど、今はただ、彼女の優しさが心に沁みる。白く清潔なベッドに横になってただ瞳を閉じて、時の流れを感じていた。