Just believe and wait for me.



電気の消えた暗い部屋で天井を見つめていると、眠れたのか眠れなかったのかも曖昧なうちに時間が過ぎていってしまう。ごうごうと脳に響く音を聞いているその最中に突然、ぱちりと部屋が明るくなった。


「おはよう、よく眠れた?うん、顔色も少しはマシになったわね!それじゃ、気をつけてね」


人の良い笑顔を浮かべる看護師に感謝を告げて起きてすぐにクラウドの方へと走っていったティファの元へと向かうと、多少顔色はよくなったけれど、相変わらず不安げな表情を浮かべて呻き声をあげるクラウドへ寄り添っている。心配げに話しかけるバレットにティファは追い詰められた表情を浮かべている。不安を吐露しているらしいティファに、バレットも何も言えずに困った表情を浮かべていた。――気休めの言葉で彼女を元気付けるのももう、限界なのかもしれない。


大丈夫だろうかと、そう考えたその時、地面が大きく揺れた。


「……ヤツらが……ヤツらが……来る……!!」
「なんだってえ、クラウド!?」
「う……ああ……?」


突然クラウドが意味のある言葉を発したことに驚いて皆一斉に彼を見やった。しかしすぐに元に戻り、まるで今の発言などなかったかのようにただ呻き声を上げて不規則な動作を繰り返している。クラウドのことは気になるけれど、そうしてる間にも激しくなるばかりの揺れに自身と周囲の人にレビテトをかけた。ようやく皆が立ち上がって周囲を見渡すも、状況が把握できずにあたりに動揺が走る。


「ちくしょー。いったいどーなってやがんだ!?」
「ま、まさか……これって……!?」


轟音に紛れるように何かの雄叫びが聞こえる。ティファが怯えたようにそう呟いて、クラウドを守るように乗っていた車椅子をぎゅう、と掴んだ。シドとバレットは視線を合わせて頷くと、外へとかけてゆく。一瞬悩んで、それから叫んだ。


「ティファはクラウドとそこで待ってて!」


頷いた彼女を確認して二人を追いかけると、入り口のところに叫び声を上げながら座り込んでいる看護師を見かける。少し悩んで、彼女と近くにいる医師にもレビテトをかけると二人は驚いたように自分の体を見ていた。


「な、なに…!?」
「体を少しだけ浮かせることのできる魔法です。もしよければこのことは、秘密にしてもらえますか…?」
「しかしそんな魔法聞いたことが…いや、わかった。とにかくありがとう、君は仲間たちの元へ急ぎなさい」
「ありがとうございます…!」


皆を追いかけようと立ち上がったその瞬間、耳が――星の声のように脳に響くのではなく、確かにわたしの鼓膜が、何かの雄叫びを聞いた。ごう、と低い咆哮は、診療所の外から大きく、響き渡っている。それに急いで診療所を出れば、巨大な黒い竜のようなモンスターと皆が向かい合っていた。


「まさか、ウェポン…!」


こんなタイミングで、しかもこんな長閑な場所に。信じられない思いだったけれど、町人たちが皆慌てたように町の出口へと逃げてゆくのを見て冷静になる。今はとにかく市民の避難救助が、最優先事項。巨大なモンスターとの戦いは皆に任せ、周囲一帯に大きくマバリアを張る。それに気づいたユフィが駆け寄ってきた。


「みんなの避難を手伝わないと!」
「うん、アタシもやる!」


飛び回る巨体を相手にするのにユフィの武器は不利だ。ガンマンのヴィンセントやバレットに任せてしまって、大きな揺れの中うまく歩けずにいる老人たちが無事避難できるよう手分けして町を走り回る。地震が少し収まったころ、ウェポンは高く飛び上がってどこかへと離れていった。


「みんな!大丈夫!?」
「オウ、町人も大丈夫か!?」
「なんとかね…」
「ライフストリームの方も おさまったようだな」

「…いや、たぶん、まだ…」


ウェポンの音は消えても、星が響かせる轟音は消えていない。まだ、終わりではないはずだと、そう考えた瞬間、再び地震が、それも先ほどよりも大きな揺れが辺りを襲った。


「ち、まさか……!!こ、こりゃ、やべえ……! ストリーム本流の吹き上げか!?さっきまでのヤツなんかくらべもんにならねえくらい どでかいのが来るぞ!!ダメだ!! 逃げろッ……!!」
「でも、ティファとクラウドが……!?」
「バカ野郎!! ひとのこと心配してる場合か!? いつストリームが吹き出すか……」


揺れの震源はおそらく真下――地面が、割れそうなくらいに大きく歪む。
クラウドを、頼むと、何度も何度も思い出したその声を再び思い出す。あの状態のクラウドがこの轟音に飲み込まれてしまったら――


「みんな、先に逃げて!」


ユリアと、叫ぶ声が聞こえたけれど振り返らずに走り抜けた。少し歪んで開かない診療所の扉にエアロラを唱えて、風の力で無理やりに扉を開くと、レビテトの効果が切れた医師と看護師が座り込んでいた。


「大丈夫ですか!?この一帯は崩れ落ちるかもしれません、外へ!」
「だが、中には患者が…」
「クラウドとティファはわたしがどうにかしますからお二人はとにかく逃げてください」
「え、ええ、よろしくね!」


震える二人にもう一度レビテトをかけ、開かれたままのドアを通って二人が外へ駆けてゆくのを確認してから、診療所の奥へと急ぐ。


「ティファ!!」
「ユリア、どうしよう、ここから出ないと…!」
「大丈夫、出口は確保してあるから、逃げよう」
「う、うん!」


ティファはこの揺れの中でも、届くかどうかさえわからないのに、クラウドに必死に笑顔を向けて話しかけた。


「なにも心配しなくていいのよ クラウド……私がきっと、安全なところまで連れていってあげる!」
「ティファ!」
「うん!いい、クラウド……? 行くわよ!!」


ティファは車椅子を押して、走って診療所を飛び出した。
揺れは激しくなるばかりで、地面は悲鳴を上げているかのよう。医師と看護師を追いかけて、二人で必死にミディールの町を駆けてゆく。


ついに地面が割れて、そこから大量のライフストリームが流れ出した。


「ティファ!!!!」


わたしとティファの間の距離はほんの数m。しかしそれが決定的な差となって、彼女の体はクラウドとともにライフストリームの流れの向こうへ落ちてゆく。入り口で待っていた皆が同じようにティファの名前を呼ぶが、わたしたちの思いを嘲笑うように、ふたりは緑の光の奥へと消えていった。


「っ、助けないと、」
「待ちなはれ!」


すぐに追いかけようと胸に手を当てた瞬間、小さな手に腕を掴まれる。大きなデブモーグリに乗ったぬいぐるみ――ケット・シー。


「ユリアはんも戻れなくなりまっせ!ユリアはんのそれは『不純物』が混ざると動けなくなるんやってユリアはんも知ってはるやろ!?」
「どういうことだ、ユリア」
「っ、それ、は、」


ヴィンセントが睨み付けるようにわたしを見ている。他の皆はただ何があったのかとわたしたちを黙って見つめていた。神羅カンパニーでの一週間で分かったわたしの体のことはあれ以来誰にも話さずに、わたしとケット・シーだけの秘密にしていた。ジェノバ細胞の混ざったライフストリームの中でわたしの力は働かない。それでも、この向こうへ飛び込んで帰ってくる力を持っているのは今、わたしだけ。ただ黙ってここでティファとクラウドを待っていることなんてできるわけがない――約束だってしたのだから。エアリスもここで二人が消えることを望まないはずだ。


「…此処に流れるライフストリームにどれだけジェノバの意識が流れているかはわからない、けど…これは研究室で人為的に作られたものじゃない、星の本流だから」
「けど、」
「止められても、わたしは行くよ。だから、待っていてほしい」


なお必死に訴えかけようとするケット・シーと、苛立ったような表情を浮かべるヴィンセントをじっと見つめた。こうして黙っている間も、ティファやクラウドはこの星の膨大な知識の海のなかにいるのかと思うと焦りに体が震えてしまう。


「…必ず帰ってくるんだな」
「勿論。ティファとクラウドを連れてすぐに、戻ってくる」


赤い瞳はなおも不機嫌そうに眇められていたけれど、彼は小さくため息をついて勝手にしろと返した。ケット・シーはそれに驚いた表情を浮かべたけれど、もう何も言わずに腕を離す。――彼一人に止めることはできないし、そんな権利もないと、そう思っているのがありありと伝わってくる。


「…ありがとう、二人とも、心配してくれて」


――ごめんね。
そう短く言って、わたしはわたしを『召喚』する。緑色の光があたりを包んで、髪の色や瞳の色が変わって、右手には炎を宿した剣。もう何度目とも知れないセラフィムの姿に変身すると、羽根を広げて荒れ狂うライフストリームの濁流の向こうへ、ティファとクラウドのもとへ、飛び込んだ。