He's home.
ライフストリームは星の膨大な知識の流れで、だからこそ濃度の高いライフストリームの中では人は流れ込む情報に耐えかねて心を壊してしまうのだという。わたしの体はどうやってかは知らないけれどその流れを自分の体を構成するために使っているから、この流れの中を何ら影響を受けず進むことができる——不純物がなければ、という、条件つきで。
「…体は、大丈夫そう」
小さく呟いた。痛みはない。あたりはただ緑色の光に包まれていて人影もなく、ざわざわとした星の声ばかりが響き渡っている。
——ユリア?
「っ、エアリス、」
どこからか聴き慣れた声が響いて、立ち止まって辺りを見渡した。
——ティファと、クラウドは大丈夫、だよ。ユリアはふたりの帰り道、導いてあげて?
瞬間、暖かな風が導くように背中を押した。
エアリスはいつも、わたしの背中を、押してくれていた。生きていたころも、大空洞の中でも、そして、今も。
「…ありがとう」
その風に乗って先の見えない流れの中を進み続ければ、ようやくただ濁流のように流れていた緑の光の向こうに遠く人影が見える。意味を持たない星の「声」に混じって、ぼんやりと二人の声が辺りを包むように響いた。クラウドはしっかりと、ティファとふたりで、話している。
——そうか……。私たち……ライフストリームの中にいるんだね
——みんな、待ってるよ。帰ろう、クラウド。みんなのところへ……
——ああ、そうだな……。帰ろう、ティファ。一緒に……
(わたし、邪魔だったかな…?)
ふわふわと浮かび上がる二人が少しずつ近づいてくる。クラウドは元に戻って、ティファとふたり固く手を握って、青い魔晄の瞳は真っ直ぐに進行方向を向いている。やがてティファがわたしの姿に気づいて、ぱっと笑みを浮かべた。
「ユリア!」
「助けに…きたんだけど、いらなかったかな」
「ううん、帰り道が分からなかったから来てくれてよかった。一緒に…帰りましょ?」
「うん。…クラウド、『会えてよかった』」
わたしの言葉にクラウドは瞳を小さく見開いた。
はじめて、会えた。ジェノバが再現したのではない、本物のクラウドに。ティファがずっと探していただろう、彼の真実に。どれだけジェノバに星が怯えてももう、此処にいるのは『クラウド』だと、自信をもって言える。
——わたしも。
どこかからそんな声が聞こえたような気がした。
「行こうか。着いてきて」
二人に背中を向けて上昇を続ける。羽根を広げて、まっすぐに。戻ると約束した皆の方へ向かって飛び続ければ、来た時よりもずっとはやく、その出口が見えてきたような気がした。
音もなく、ミディールの入り口へと戻ってくる。ふわりと空へ舞い上がると、少し遅れて飛び出るようにティファとクラウドがライフストリームの向こうから現れて、バレットとシドが二人を受け止めて寝かせた。二人とも倒れているけれど、外傷はなく、またクラウドももうただ呻き声をあげるばかりの少し前までの姿とは明らかに違っている。
「……ただいま」
地面へ降り立って召喚を解くと、ケット・シーは安心したようにため息を吐いて、ヴィンセントはなおも不機嫌そうに瞳を逸らした。レッドXIIIがありがとう、と尾に灯る炎を揺らして、それから皆クラウドとティファに近づく。
「ね、バレット……私……ライフストリームのなかで ほんとのクラウドを見つけたんだ。……ううん、私が見つけたんだじゃない。クラウドが……彼が自分自身の力で見つけだしたんだわ……」
「ああ、わかってる……。うたがったりして悪かったな。しかし、おまえにゃ負けたよ。たいした女だぜ、まったく」
「人間て、自分のなかに なんてたくさんなものをしまってるんだろう……なんてたくさんのことを忘れてしまえるんだろう……ふしぎだよ……ね…… …………」
「おい、ティファ!? しっかりしろ!!ティファ……!?」
ティファは眠るように気を失った。バレットが慌てたように肩を揺すっている。
「眠っているだけだよ、ティファも、クラウドも。飛空挺に運ぼう」
「あ、ああ……」
バレットは誰に言われるでもなく、ティファを抱えて歩き出した。クラウドに何度目かのレビテトをかけると体が浮き上がって、けれどそれはヴィンセントが代わりに両腕に抱えた。
「ヴィンセント、」
「…お前も戻って休め」
「…うん、ありがとう」
ライフストリームの中で結局わたしは何もしてないけれど、でも彼の苛立ちの向こうにはわたしへの心配があるのだとわかるので、瞳は逸らしたままにそう漏らす彼にただ、心が暖かい。
町のそばに停められていた飛空挺に着くと、みな何も言わずにそれぞれ個室へと消えてゆく。わたしも個室へ戻れば、少し広いシングルベッドと机だけのシンプルな部屋がわたしを出迎えた。星の声は穏やかに脳に響いている。意識は静かに闇の向こうへ消えていった。
「ティファには、言ったんだけど」
「ユリア?」
ジェノバ細胞が消滅したわけではないクラウドの近くでは相変わらず星の声は怯えたように響くけれど、もうそれに遠慮して距離を置くことはない。全てを話したクラウドに、「俺たちが乗った列車は途中下車はできないんだ!」と強く言い切って笑った皆が落ち着いた頃に口を開くと、今までとは少し違う色を浮かべたクラウドの端正な顔がわたしの方へと向けられる。
「大空洞でクラウドを探していたときに、ライフストリームでザックスの声を聞いたんだ。クラウドをよろしくって、そう言ってた」
「…ザックスが、か」
「うん。……いい友達だね」
「……ああ、そうだな」
エアリスやティファがクラウドに惹かれる気持ちもわかる気がする、なんて、穏やかな笑みを眺めながらそんなことを考えていると、静かに此方を見つめる赤い瞳と目が合って、わたしは少し気まずげに笑った。
「あのな、クラウドさん。ボクらな、ヒュージマテリア作戦の途中ですのや。それでな、さっそくですけどジュノンに海底魔晄炉ってありますのや。ボクの知ってるかぎり、あとはあそこが残ってるだけですねん」
「海底魔晄炉、どうやって行くんだろう?」
「そんなの行ってから考えりゃいいだろ?」
「…たしかにね」
小さな疑問に答えたバレットのその言葉は投げやりなようでいて、けれどわたしたちは今までもずっとそうやって進んできたんだ。何があっても決して歩みを止めることなく。ジュノンという街はミッドガルの次に大きな街で神羅の支社があるというから、コンドルフォートやコレルのようにはいかないだろう。けれど、それは諦める理由にはもちろん、ならない。
「ってなわけで、行きましょか!」
ケット・シーのその言葉にクラウドが、そして皆が強く頷いた。