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「アタシ、ちょっとウータイに行きたいんだけど」


大きなテーブルの置かれた作戦会議室に和やかな空気が流れて、皆がばらばらと立ち上がり、ハイウインドも動き出さんとしていた頃、唐突にユフィが真剣な表情で口を開いた。扉を開きコックピットへと向かおうとしていたシドはそれに怪訝な表情を浮かべ、他の皆もまた不思議そうな表情を浮かべている。


「なんだァ?今じゃねーといけねえのかよ」
「…それは、」
「いいと思うよ。わたしも行きたいところが…あるんだけど」


言い淀むユフィに、ティファがそう重ねた。ニブルヘイムに行きたい、という彼女に、シドやバレットが顔を見合わせている。


「神羅の潜水艦はそう何人も乗れるようになってまへんのや。3人ほどいれば、ジュノンは十分ちゃいます?」


あ、ボクはついていきまっせ!ジュノン支社の内部構造は任せなはれ!
ケット・シーはメガホンを持って元気よく笑った。クラウドもまた皆の意見を尊重しよう、と言う。


――ユフィが何をしたいのか、想像がつかないわけではなかった。ウータイは彼女の故郷で、家出同然にウータイを離れて、一度は戻ってきたけれどちゃんと父親と話をしたわけでもなさそうだったし。


それに、世界が終わるかもしれない時に、たとえどんな時でも、家に帰りたいと思う気持ちは不自然だとは思えなかった。取るに足らない感情だとも、思えない。だからこそユフィの意思を誰しもが尊重しようとしてるのだろう。


――でも彼女を一人残して何処かへ行くのは少し危ないんじゃないか、なんて、子どもみたいだけれど。静かに口を開いたわたしに、ヴィンセントがちらりと視線を向けた。


「……ユフィ、ついていってもいいかな?」
「ユリア、…まあ、別にいいけど」


わたしに帰るべき場所はない。生まれ育ったわたしの町がどこにあるのかは知らないけれどきっともう届かない場所にあるし、ミッドガルにあったはずの家はもう街ごとなくなってしまった。海底魔晄炉には行けないわたしができることは皆を見守ることだけだから、この飛空挺で皆を待つよりは誰かの助けになりたいと、そう思う。


ユフィはどこか複雑そうな表情を浮かべたけれど、やがて小さくありがとう、と呟いた。笑顔で頷くと彼女はぷい、とそっぽを向いて、それがなんだか可愛らしくて頬が緩む。シドがパーティを分けようと言って、開きかけの扉を閉めた。


結局ジュノンへ向かうのはケット・シーとクラウドとバレットの3人に決まり、まず彼らをジュノンで下ろした飛空挺はウータイでわたしとユフィ、ヴィンセントを下ろした後にニブルヘイムへ向かうことになる。


「今度こそオレは行くぜ」
「うん、運転よろしく」


ようやくコックピットへと向かったシドが飛空挺を動かし始めると、途端にユフィは気持ち悪そうに口元を押さえた。しかし今度は同じようにクラウドまでもが顔色を青くしだして、ティファが慌てたように駆け寄って背中を撫でている。意外な光景に瞳を丸くしてクラウドを凝視してしまう。


「クラウドも飛空挺、ダメなんだ…タイニーブロンコやバギーでは平気そうにしてたのに」
「本当のオレは飛空挺どころか乗り物は苦手だ……これも受け入れなければならない現実の一つ、なんだろうな」


作戦会議室の部屋の壁に凭れ掛かるように座り込んで力のない笑顔を浮かべるクラウドの雰囲気は少し今までとは違っているけれど、その瞳がまっすぐどこかを眼差しているところはニブルヘイムで出会ったときからずっと変わらない。隣で静かにクラウドを支えるティファに、ユフィのためにと持ち歩いていた黒いビニール袋を1枚手渡せば、困ったような表情のティファがありがとう、と言って笑った。


クラウドにはきっとティファがついていれば大丈夫。寧ろ――二人にしてあげた方がいいのかもしれないと、そんな気を回して立ち上がった。振り返ると反対側の壁際にヴィンセントが寄り掛かってこちらを見つめている。何かを言いたげな瞳に小さく首を傾げて近寄るけれど、ヴィンセントは何も言わない。


ウータイに行くと言ったのは彼自身の意思だった。昨日から――ミディールでのことがあってからほとんどまともに会話をしていないヴィンセントは、どうしてユフィに――或いは、わたしに、着いてゆくことにしたのだろう。自分からは話すつもりのないらしいヴィンセントに向かって自分から口を開いた。


「どうして、ついてくることに?」
「…お前が、」


――これ以上無理をしないように。
静かな言葉が真っ直ぐにわたしの心に届いて、思わず瞳を見開いた。


ああ、やっぱりミディールでのことは、何も言わないでいてくれるだけで、何も思っていないわけではないんだ。きっと苛立ったり、心配したり、怒ったり、してくれているんだと、思うと。その上で、わたしのことをきっと――信じて、くれているのだと思うと。


「…ありがとう」


心配ばかりかけて、ごめんね。


「…お前に限らず、ユフィも大概だからな」
「たしかにね。一人で無茶して帰ってこれなくなったら大変だ」


軽口を叩きながわたしにはそれ以上何も言わないのがあなたの優しさだと、ちゃんと知っているよ。幾分か穏やかな表情に変わった彼の隣に寄り掛かって、瞳を閉じる。今は此処で心に湧き起こる感情をただ、感じていよう。






ジュノンエリア、アンダージュノンの入り口から少し離れた場所に仲間たちを下ろした飛空挺はすぐに離陸してウータイエリアへと向かう。前に訪れたときにはタイニー・ブロンコで島の南端に降り立ったけれど、今度こそ飛空挺は街にほど近い島の北部へと着陸する。相変わらず体調の悪そうなユフィに肩を貸して船を降りるとすぐにアレイズをかけてやると、ようやく顔色が元に戻り、目の前に見えるウータイの街並みを睨みつけた。


「…お父さんのところに行くの?」
「っ、違う、最初は別のところ!」
「最初は、ね」
「もー!いいでしょ、なんでも!」


怒ったような、拗ねたような表情でずかずかと先を歩くユフィにわたしは笑って、ヴィンセントは呆れたようにため息をついた。わたしたちに構わず大股で歩くユフィをふたり、並んで追いかけた。ヴィンセントはユフィの事情には無関心だとでも言うように会話に口を出すことはなかったけれど、ユフィの後ろを追いかけるわたしの隣を、離れることなく歩いている。ふと、小さな疑問が頭をもたげた。


(――彼には「帰りたい場所」はないのかな)


ヴィンセントはこの世界に生き、そして彼の残したものはきっとこの世界に残っている。彼の私的な話は彼の愛した――ルクレツィアという名の女性科学者のことばかりだけれど、そもそも彼女は生きているのだろうか。


「ユリア、ユリア?」
「っ!あ、ユフィ、ごめん」
「もー、いくらもう街とはいえ魔物がでないわけじゃないんだから、気をつけてよね」
「うん、そうだね」


気づけば少し離れた場所にあったはずのウータイの街がもう目の前に広がっていた。先を歩いていたはずのユフィはぼんやりと心此処にあらずだったわたしを少し心配そうに見つめている。ごめんね、ともう一度謝ると、まあいいけど、と瞳を逸らした少女は、この他とは少し違う、どこか懐かしい雰囲気の街の中を迷わずに歩いてゆく。


橋を渡り町を抜け、森の方へ歩みを進めると朱塗りの塔が高くそびえ立っていた。その扉の前でユフィが立ち止まる。


「此処にはウータイ最強の戦士が待ってるんだ」
「戦うの?」
「モチロン。あんたたちは黙ってユフィちゃんの活躍を見ててよね!」
「…うん」


この建物には一度だけ入ったことがある。だからわたしはこの向こうで、誰が待っているのかを知っていた。ユフィはきっとここで力を示して、それから父親と話をしようと、そう考えているのだろう。


「どうなるかな」
「どうなろうと私は構わないが」
「やだ、わたしたちはちゃんと保護者としてユフィを見守らないと」
「…いつ私が保護者になったんだ」
「うーん、わたしについてウータイで降りるって、決めた時?」


ヴィンセントは嫌そうに黙り込む。それに小さく笑って、扉を開いたユフィの後ろを追いかけた。ついてくるって決めたなら、最後まで見守らないと、ね。