I was enchanted to meet you.



五強の塔の内部へ入ると前にも一度見た男——ゴーリキーが座っている。彼は開いた扉の真ん中にユフィが立っているのをみて顔を綻ばせた。


「おお、ユフィ様! この五強の塔を登られる気になられたのですな?」
「ま、そんなトコかな」


力試し、だろうか。父親と会う前に己の強さを証明するための。
——ユフィは彼女の父親がこの最上階にいるということを知らないのだと思い出す。前にウータイを訪れた時に呼び出されたこの塔の最上階で、彼女の父親と会話したときのことを思い出していた。ユフィにはまだ言わないように、と口止めされたそれは、あれから怒涛の毎日を送っている中で話す暇もなく、結局彼との約束は守られている。


「では、この1階の相手はこの力の強聖ゴーリキーがつとめさせていただきます!」


此処を登るのはユフィで、わたしたちはただの付き添いでしかない。この広い空間は戦いのために整備されているのだと今更ながらに察して、ヴィンセントと二人壁際へと後退すると、ちょうどその瞬間、どたばたと足音が聞こえて奥の階段から誰かが降りてきた。視線を向けるとそこにいたのは見たことのない少年だった。


「いよ! オラ、シェイクってんだ! ゴーリキーと、あんたの手合わせはオラが見届けさしてもらうよ!」


シェイクは二人の戦いの見える位置に立って、それからゴーリキーとユフィは向かい合った。ヴィンセントとわたしはなにもできずにただ壁際に立ちすくんでいる。


「では、参る!力変化招来!」


ゴーリキーの姿が変わる。それが合図となって二人の戦いが始まった。
初めは一撃一撃の重い彼にバリアを張りながらも苦戦していたユフィだったけれど、見ている限りユフィの方が一枚上手に見えた。


「勝てそう、かな」
「あの程度に手こずっていてはセフィロスなど夢のまた夢だろうな」


冷たい風に聞こえる言葉だったけれど、そこに込められているのは無関心じゃあない、ユフィへの信頼だと、そう短くない旅を共にして理解できるようになった。実際ユフィはマテリアを駆使して戦い、しばらくしてゴーリキーの姿が元の人間のそれに戻ってゆく——ユフィの勝利をシェイクが告げた。


「私たちはこれをあと4回見ていればいいのか」
「そうなんじゃないかな。それに最後は……」


そんな会話を小さく交わしていた通り、1フロアにつき1人、きっちり5人と手合わせをしたユフィは、最上階で彼女の父であるゴトーとの一騎打ちを勝利で終えると、ついに闘技場の中心で仰向けに倒れ込む。慌てて駆け寄ろうとしたわたしを、チェホフが止めた。


「二人にゆっくり話させてやりなされ」
「あ、はい…」


最上階で待っていた男を驚きで迎えたユフィはけれど、全力で挑み、そして勝利した。何かをこちらからは聞こえない声量で話していた二人は突然大きな笑い声をあげる。


ウータイが戦争に負けてから父親に対する複雑な思いがあったはずのユフィはここで拳を合わせてようやく、その蟠りが解けたのかもしれなかった。


「……ユフィ、よかった」
「…そうだな」
「…ヴィンセント、」


予想外に肯定の返事が返ってきて驚いて隣を見やると、ヴィンセントは気まずげに視線を逸らしている。彼は時折ひどく素直にものをいうので驚いてしまうけれど、きっと此方こそが彼の本当の自分なのだろう。思わず頬を緩めていたわたしに、ヴィンセントは何かを言おうとこちらをチラリと見て、けれど結局口を閉ざした。


仰向けに倒れていたゴトーがわたしたちと、そして他の五強聖を呼ぶ声がする。歩み寄るとぴょこり、とユフィとゴトーが同時に起き上がって、ゴトーは先ほど響かせていた笑い声とはうって変わって真剣な表情を浮かべた。


「やるようになったな ユフィ……この水神様のマテリアを持って行くがいい」


ゴトーの渡す赤いマテリアをユフィが受け取ると、後ろの男が驚いたように声をあげる。


「しかし、ゴドー様。水神様のマテリアは、五強の塔を制覇し、新たに五強聖をおさめる者が持つのが、ならわし……」
「ならわし、ならわしって もー聞きあきたよ!バッカじゃない!?」
「口がすぎますぞ! ユフィ様!」
「じゃ、あんたらは、い〜の? それだけの力があって……こんな塔にこもってるだけで満足なのかよ!?」


わたしとヴィンセントは部外者だから、それに口を挟むこともできずに、黙って顔を見合わせた。真剣な表情で訴えるユフィに、ゴトーは怒ることもなく耳を傾けていた。最上階の広間の中心で、彼はきっと初めてユフィの思いを直接聞いている。いつもは素直じゃない彼女は珍しくどこまでも真っ直ぐに、胸の内を吐露していた。


「ウータイを、こんな、ひなびた観光地にして、ヨソ者にこびて……そんなんで、いーのかよ! ダチャオ像も、水神様も泣いてるよ!!」
「……」
「やれやれ、やっぱガキだな」
「な、何だと……!?」


(そんなんだからユフィに勝てないんだよ)


小さな彼はこんな外見をしていながら随分達観しているのだな、と思う。
けれど、だからこそユフィに敵わない。わたしは仲間たちが好きだ。どれだけの絶望の中でも、どれだけの力を前にしても、決して希望を見失わずに歩いてゆける。わたしがスピラでできなかったことも、此処でならできると、そう思えるのは、そんな仲間に囲まれているから。


そしてその諦めない力のことを人は「強さ」と呼ぶのだと思う。ユフィは、強い。
突然ゴトーが大きく頭を下げた。


「ユフィッ!!許してくれ…… すべてワシの責任だ……」
「何をおっしゃいます! ゴドー様!」
「戦に負け……ウータイをこのようにしてしまったのは、ワシなのだ……」
「ゴドー様!」
「お前たちは黙っておれ!!」


ゴトーは他の五強聖たちを半ば怒鳴りつけるように黙らせて、それからユフィに向き直った。


「ユフィ……かつて、戦にのぞむ前のワシも 今のお前と同じじゃった」


ゴトーの瞳はどこか遠くを見ていた。過去のウータイや、自分自身を思い返しているのだとわかる。


「だが戦に負け、考えた……強さとは、相手をたおすためりものなのか?他者に対し見せつけるものなのかとな……力を見せつける強者は、強者を呼ぶ。それが戦になる……それでは神羅と同じではないか……」
「……」
「お前がウータイのため、マテリアを探しているのは、わかっていた。だが、ワシが、力を封じているのも またウータイのためなのだ……今、わかったぞ。必要なものは両方なのだ……志のない力では、意味がない。力のない志では、それもかなわぬ……!」
「ゴドー様……」


——僕は召喚士になるよ。もう二度と、この街が壊れてしまわないように


胸の奥で懐かしい声が響いた。大空洞で幻を見て以降思い出さずにいた、彼の幻。
わたしたちに足りなかったのはどちらだったのだろう。考えてみるけれど、答えはきっと永遠にでない。ゴトーは不意に、わたしとヴィンセントの方を向いた。


「そなたたち、ユフィを同行させてやってくれい!そなたたちは、志と力 その2つを持っている!」


今のわたしにはあのとき足りなかった何かがちゃんとあるのだと、信じていいだろうか。


「…またマテリアを奪ったりしないのなら好きにすればいい」


ヴィンセントが興味なさげにそう呟いた。もともと彼はきっと、この二人の親子事情になど興味はないだろう。それでもその言葉からは彼が、ユフィを仲間として認めている思いが読み取れて、あの薄暗い屋敷の地下室で眠り続けていた彼が今は前へ進もうとしているのだと、そう感じられて。思わずこぼれた笑顔と共に頷いた。


「わたしたちこそ、ユフィがいないと旅も味気ないですから」


それに答えるように頷いたゴトーは再び、ユフィに向き直った。


「行けい、ユフィ!ウータイに真の強さを根づかせるためにもな!」
「オヤジ……」
「お前がもどるまでは、ワシが五強聖をおさめる!行ってこい! そして生きて帰って来い!」
「……」


父親からの強い激励に少し固まっていたユフィが、力強くその言葉に返す。


「と〜ぜんだよ!」


今なら世界だって救えるような気がする。ユフィや、ヴィンセントや、クラウドやティファや、みんなといっしょなら。きっとわたしは彼らに——みんなに出会うために此処にきた。セフィロスの力やライフストリームの力が直接的な理由であったとしても、わたしは。


きっと何かの魔法にかけられたんだ。彼らと、出会うために。
セフィロスやジェノバではなくて——彼らと旅をして、この地に、生きるために。わたしを此処へと連れてきたわたしの理解を超えた何か——運命とか、偶然とか呼ばれる何かにただ、感謝の気持ちでいっぱいだった。


力と志。ユフィの背中がただ、眩しかった。