The fayth of the final aeon

「究極召喚の祈り子…?」
「…祈り子とは、シンを倒す力を召喚士に授けるために生きながら肉体と魂を引き剥がされた存在。ザナルカンドには究極召喚の祈り子はいない…そこにいるのは、絆で結ばれたガードを究極召喚の祈り子に変える力を持った700年以上昔の召喚士の魂だけ…」


スピラを知っていたユフィらも、おそらく究極召喚のことまで詳しくは知らなかったのだろう。皆が言葉を失って愕然としているのが伝わってきた。…同情されても仕方がないが、これが事実である以上誤魔化すこともできなかった。


「どういう、ことだよ。つまりお前は」
「…スピラではすでに死人。…ハルクは…祈り子として像に封印された『わたし』を使って『シン』を倒すことに耐えられず、究極召喚を拒んでわたしの目の前で自ら命を落とした。以来200年以上、モンスターしかいない谷の底で過ごして…ある日突然、ここに現れた」


テーブルを囲う皆の表情は暗い。――もう200年以上も昔の話なのだから、そう哀れまれても仕方はないのだけれど。そう考えていると、無表情だったヴィンセントが口を開いた。


「…ここへはセフィロスが連れてきたと言ったな」
「…『あれ』がセフィロスなのかどうかは知らないよ。でも…うん。七番街のプレートが落ちた次の日に…そう、ちょうどセブンスヘブンのあったあたりの瓦礫の上に座ってぼんやりとしていたらセフィロスが現れて…そのまま眠らされた。何度か薄く目を覚ましては眠らされるのを繰り返して起きるとここに。詳しいことは何もわからない…」


ヴィンセントは冷静だったが、セフィロスが私をここに連れてきた、ということを気にしているようだった。不思議に思い口を開く。


「あなたは、セフィロスの関係者?」
「…私はセフィロスが生まれるより前、彼の母親のボディガードを担当していた」
「…ジェノバ?」
「…それは間違っていはいないが、一つのたとえにすぎない。セフィロスは実際に人間の母親の元から生まれた…神羅の研究者だった、美しい女性…ルクレツィア」


名を呼ぶ直前に躊躇うように固まる唇に、何かを思い出すように陰る瞳に覚えがあった。――彼はきっと、その女性のことを。


思わぬところでセフィロスの出生を聞いた一同は再び静まり返った。
それぞれが無言で何かを考えているようだった。


やがて、エアリスが口を開いた。


「ユリア、星の声聞こえるの、祈り子だから?星の力、借りて存在してるから?」
「…わたしの体のことはよくわからないんだ。でも、そうかもしれない。魔晄の力を借りて存在を維持してる」
「…マテリアなしで魔法が使えるのも、そのせい?」


エアリスがそう尋ねるのに、驚いたように考え込んでいた一同の顔がこちらへ向けられた。思い出すのは、彼女と初めて出会った時だ。教会から逃げるために使った魔法は、スピラでも珍しい魔法だった。――テレポの魔法。祈り子となってから得た能力。


「…そうだね。そもそもスピラにはマテリアなんてなかったから、それが普通だったんだ」
「お母さんと同じ、だね」
「お母さん?」
「…そう。お母さんは、セトラだった」
「…セトラ?」
「星の声を聴く人。…お母さんで最後。わたしはセトラと、人間のハーフ」


つまり、ふつうの人間には星の声は聴こえないし、これを聴けるのはわたしと、目の前にいる彼女だけだということ。生まれた頃からたった一人で他の人には聴けない声を聞き続けるのはどんな気持ちだろう。ひどくおびえた声は耳を塞いでも瞳を閉じても絶えず責め立てるように静かに脳に響く。


「よくわかんないけどさ、マテリアなしで魔法が使えるってことは超強いってこと?」
「どうだろう?ミッドガルのスラムのモンスターはあまり強いのがいなかったからわからないよ。スピラで戦っていたのはもう200年以上昔の話だし」
「戦闘面では期待できそうですなあ」
「どうだろう…?…ヴィンセントは?」
「…どうかな。銃は扱えるが」
「…銃、か。スピラにはなかったから新鮮」


そう微笑むと、ヴィンセントは小さくふ、と口元を緩めた。
動作の一つ一つが品のある美しい人だ。スピラにも、ミッドガルのスラムにもそんな人はいなかったのでなんだか新鮮に思えた。


「そろそろ休むか?ユリア、色々聞かせてくれてありがとう」
「うん、クラウド。これからよろしく。みんなも」


宿屋の他に装備品を買える店もあるという。日が暮れてしまったのでまた明日出発前に寄ることを決め、その日の夜は各自与えられた部屋へ戻って行った。皆につられて立ち上がり、部屋へ入る。いきなり初対面の人と同室になるのも気まずい思いがあり、個室が与えられたのは丁度良かった。明日は山を越えるようだから、多分山の途中でテント泊だろう。


シャワーを浴びてベッドに置かれた服に着替えると、部屋を出て先ほどの店主のところへと戻る。男はまだ受付に立っていた。


「あの、すみません」
「はい、なんでしょう」
「服を買える場所ってありますか?」
「簡単なものでしたら、ここで」


どこか他人事のような、何か演じているような口調だった。
不気味なマントの蠢く街で、何事もないかのような顔をして宿屋を営む男。そもそもこの街、ニブルヘイムは5年前に燃えてしまったのだとクラウドは言っていた。服を購入して男の瞳を見るが、彼の瞳がこちらをみることはなかった。


お金を払ってしまうと、男はあまりわたしと会話する気がないのか、他に用事のないことを確認して奥へと消えてゆく。小さくため息をついて振り返ると、背の高い影が壁に寄りかかるようにしてこちらを見つめていた。


「…ヴィンセント」


同じようにシャワーを浴びた後なのか、マントは外されて黒いシャツを身に纏っている。頭に巻いていた赤い布も取り払われ、左腕のアームガードが金色に輝くほかは全身が黒に包まれて、こちらを見つめる瞳だけが赤く燃えていた。


「…あの男は」
「…わからない。あなたはずっと此処にいたのなら、何か知っている?」
「…わたしはずっと眠り続けていた。5年前の事故のことさえ何も知らない」
「そっか…」


彼の20年以上にわたる眠りと比べれば、ミッドガルから此処へ連れてこられるまでのわたしの2週間の眠りなんてほんの一瞬に過ぎないのだろう。それでも、長時間眠らされ続けていた反動か、体が全く睡眠を欲していないことは明らかだった。


「街を散歩しようと思うけど、来る?」
「…眠れないのか」
「まあね。あなたほどじゃあないけど、わたしも2週間眠りっぱなしでさ」


ふ、と緩く笑うヴィンセントがこちらへ歩み寄って、宿の扉を開いた。ありがとう、と一言返して街へ出る。日の沈んだニブルヘイムの街はぽつぽつと家に明かりが灯り、その様子は何ら他の街と変わらないのに、外を歩いているのは黒マントの気配のない存在ばかりで、どこか不気味だった。


夜深くなって家々を訪ねるのも気が引けるので、ただぼんやりと街を歩いた。ヴィンセントは何を言うでもなくその隣をゆっくりと歩く。空を見上げると、満点の星空が二人を見下ろしていた。


「ここは空が綺麗だね」
「…スピラでは星は見えないのか」
「いや、同じくらい綺麗だよ。…ミッドガルでは、プレートに隠れて見えなかったけど」


言いながら、スピラで見上げていた星空を思いだす。
200年もの間谷底に縛り付けられて、ただ毎夜空を眺めるしかなかった時のことを。時折魂だけで外を歩いても、周りの誰にとってもわたしは「いない」存在。星空だけがわたしを見守っていた。星は季節ごとに形を変えるが、そのどれともここの夜空は違っている。それでも同じ暖かさと、美しさを感じられた。


「…絶えず魔晄を吸い上げるミッドガルの街は夜も明るい。プレートの上でも星は見えない」
「…そっか、ヴィンセントはタークスなら、住居もプレートの上だよね」
「…ああ、昔はな」


そう呟くように言ったヴィンセントはどこか遠くを見ている。その瞳に映る景色がなんなのかはわからなかったが、それは多分、知り合ってまだ1日も満たないわたしが聞いてはいけないことだ。何も言わずにそっとヴィンセントから視線を外した。前に視線を向けると、つい先ほどまでわたしたちのいた大きな屋敷。門のところで足を止めた。


「…この屋敷は、研究施設か何かなの?」
「…元、だ。神羅屋敷と呼ばれていた」
「なるほどね。今はただの廃墟なわけか」
「だが神羅にとっても重要な研究レポートが今も残されている。おそらくこの村が再建されたのもそれが理由の一つだろう」
「…村人が、監視を?あのマントの人たちも?」
「…どうかな」


ヴィンセントは寡黙だが、必要な情報は過不足なく答える。
――どちらかといえば、黒マントたちは実験された側だと言われたほうが自然だった。数字の入れ墨など、物語にしてもあまりにベタだ。なぜそんなことをしたのか、その理由にはおそらくこの神羅屋敷が関わっている。情報が少なすぎてそれ以上のことはよくわからず、だからと言って中に入って確かめようと思うほど興味があるわけでもなかった。やがて屋敷に背を向けて歩き出すと、少し後ろをヴィンセントが歩いてきて、そっと隣に並んだ。


相変わらず言葉はなく、星と月の白い光が、隣の男の不健康なまでに白い肌や、透き通った赤い瞳を照らしていた。