Girls' night



コスモキャニオンで夜を明かすことになった。此処へ訪れた時にはすでに太陽が沈みかけていて、今はもう空に見えるのは宇宙の遥かかなたから届く数千年、数万年昔の光たちと、今まさにこの星を滅さんと近づく、命を終えた星の群れ。メテオは数日前よりもまた一回り大きく見えて、残された時間の短さを示している。けれどわたしたちは毎日飛空挺で世界を飛び回り、希望を捨てることなく戦い続けているから、まだそれに悲観することはない。


「にしても、大変だったんだからね!」


もぐもぐと夕食のハンバーガーを咀嚼しながらユフィが口を開いた。わたしに向けて言っているみたいだから多分、ロケット村での——宇宙へ行ったときの話をしているのだろうと思う。


今日は久しぶりに女子3人で同じ部屋を共有している。飛空挺では一人用の狭い個室が与えられていた上、起きている間は忙しなく様々な場所へ飛び回っていたので、こうゆっくりと話す時間が取れたのはもしかしたらアイシクルロッジ以来かもしれない。そう考えながらユフィの言葉に口を開く。——そういえばヴィンセントからは、その時の話をちゃんと聞かされていなかった。


「……ごめんね、突然倒れちゃって。あの後、大丈夫だった?」
「大丈夫もなにもないよ!ユリア消えちゃうかと思ったんだから!」
「消える?そうだ、わたしの体そんなに大変なことになってたの?」


わたしの言葉にユフィがどう説明したものかと考え込む。ブーゲンハーゲンさんの家でバレットにも同じことを言われて、どういう意味だろうかと考えていたけれど——一つ思い当たる節はあった。私の肉体はこの星のライフストリームが維持している。体は絶えずその流れを変換して肉体へ。けれど、その供給が途絶えてしまったら?


「ユリアが気を失ってすぐにユリアの体、緑色に光り出したの……召喚するときみたいに。」


ティファが説明を始めた。緑色に光る体。きっとわたしを構成しているライフストリームのことなのだろう。変身するときにもきっとそれを借りている——やはりこの星のそれはスピラの幻光虫に似ていると思う。


「でもユリア、変身もしないし、それどころか体が少しずつ透けていって……もう、消えちゃうんじゃないかって思ったんだから……」
「ティ、ファ……」
「本当だよ、アタシたちがどれだけ心配したと思ってんの?」
「ユフィ、……ごめん、ね……心配かけて……」


ユフィもティファも気づけば食事の手を止めて泣きそうに瞳を潤ませている。どれだけ心配をかけてしまったのかが、それだけで痛いくらいに伝わって。——存在を維持できなくなったらわたしは消えるしか、ないんだ。わたしはもうこの星でしか生きられない。ごめんね、そう繰り返すとティファは小さく首を振った。


「ううん、ちゃんと、地上に戻って来れたから……消えそうなユリアをヴィンセントが抱えて脱出ポットに乗り込んで……戻ってきたときにはちゃんと体があって、すごく安心した……ユリア、生きててよかった……」


とうとう、ティファの瞳からは一筋の涙が伝った。


「……わたしの体はこの星のライフストリームが作っているから、離れたら生きられない、みたい……」
「まあ、そりゃあ星から出ることなんて神羅がまた新しいロケットでも作らないとないだろーけどさ……気をつけて、よね」


顔ごと逸らすユフィもまた泣きそうに声を震わせている。
——目の前で仲間が消えるところなんてもう、見たくないよね。わたしだって、見たく、ないよ。


「もう、大丈夫……体もなんともないから。だから……」


ごめんね。もう一度繰り返すとユフィもティファも、小さく頷いた。


このお肉美味しいね、なんの肉だろう?なんて、話を変えるように呟けば、確かに、ハンバーガーなんて久しぶりに食べた、とティファが同調する。部屋を包む空気はまだ複雑だったけれど、ティファもユフィもそれをかき消すように明るいトーンで話し出して、少しずついつもの明るい表情が戻ってくる。ぱくぱくと大口を開けて食べるユフィの口元にソースが付いているのをティファと二人で揶揄って、ユフィが怒って。


まだエアリスがいたころ、宿屋で過ごす夜は貴重だったけれど、いつも笑顔が絶えず賑やかだった。久しぶりにあの時の夜が戻ってきたような気がして、賑やかな空気と裏腹に心は穏やかに凪いでいった。






「ごちそうさま」
「あ、ゴミね、ここに分別して捨てないといけないって」
「ありがとう」


完全に元の空気に戻った部屋で、早々に食事を終えたユフィとティファが雑談に花を咲かせている。手を合わせると隣のベッドに座っていたティファが振り返った。その向こうではユフィがベッドに横になって足をばたばたと動かしている。言われた通りにゴミを捨ててベッドの方に戻ると、ユフィがニヤニヤと笑って勢いよく起き上がり、姿勢を正した。


「ねーユリア、今度こそヴィンセントの話聞かせてくれるでしょ!?」
「ヴィンセントの、って……」
「ロケット村でだって、ヴィンセントが一番ヤバかったんだから!」
「ふふっ、たしかに」


一体ヴィンセントはどんなだったんだろう、なんて疑問に思ったけれど、聞いたら恥ずかしさでヴィンセントの方を見られなくなってしまうような気もして何も言えずに黙り込む。困った風に眉を下げて見せるけれど、ティファはキラキラと笑ってわたしの方を向いた。


「ね、目覚めてから天文台にくるまで、何かあった?」


曖昧な関係なんだと、ティファに悩みを打ち明けたのはロケット村にくる直前だった。けれどティファの言葉に否定しなかったのだと、ヴィンセントは言っていて、それから。


「……さっき、付き合おうって言ったよ」
「エッさっき!?どういうこと!?」
「まあ……いろいろ、ね。ティファ、いろいろありがとう」
「私はなにも」


にこっと笑うティファと顔を見合わせると、アタシ仲間外れじゃん!とユフィが叫ぶ。
あまり暗い話はしたくないし、でもヴィンセントとのことを話そうと思ったら話はどうしても明るいことばかりじゃあ、ないし。どうしようかな、と考えたところで、ユフィがぽつりと呟く。


「……ま、ユリアが幸せならそれでいーんだけど」


ユフィは自分でそう言ってから、どこか恥ずかしいことを言ってしまったことに気づいたように頬を染めてぷい、と顔を逸らしてしまって。ティファと二人、顔を見合わせた。


「ユフィ、かわいい」
「かわいくない!」


もう、ユリアの話してたのに!と拗ねたように叫ぶユフィにとうとう、ティファとふたり声を上げて笑ってしまう。エアリスがいなくなってしまってから——否、わたしが「死んで」しまってからのこの長い年月の中でさえ、こう声をあげて笑ったことはなかったかもしれない。現に驚いたようにしているふたりに少し恥ずかしくなって、慌てて口元を抑えたけれど緩む口元までは抑えられない。


「楽しいよ、すごく。一緒に旅をしてるのがみんなでよかった」


ティファが笑顔で私も、と頷いて。この旅を共にする女子は——エアリスも含めて皆、弱さや悲しみを背負いながら、それでも強く明るく生きている。だからこうして一緒にいるだけで元気や、勇気や、笑顔をもらえて。


宿屋のその一室からは明かりが消えてしまった後も絶えず笑い声が響く。それは少しずつ小さくなり、やがてひそひそとした囁き声になって、小さな寝息に変わると、やがてゆっくりと夜が更けていった。