On the way to the capital



「ホーホーホウ。よしよし。それじゃ出発するとしよう」


翌朝宿まで迎えにきたブーゲンハーゲンがそう告げた。たまには外の世界に出てみたい、という彼が忘らるる都まで共にくることになったので、ふよふよと浮かぶ彼を連れて10人の大所帯で村を歩く。昨日村人から聞いた通り、村の外にはメテオを怖がっているらしい子供の姿はない。あの赤い星が着実にこの星へと近づいていることがこの世界のどれだけの人々に影響を与えているのかを考えるにつけ、必ず星を救わなければと強く思わされる。



「ブーゲンハーゲンさん」
「ホーホーホウ。ユリアじゃったかの?」
「はい。昨日はどうも、ありがとうございました」
「いやなに、わしは何もしておらんて」
「いえ……」


宿へ戻る前、ヒュージマテリアを預けるというクラウドと二人少しだけあのドームに残り、展望台の美しい宇宙模型に囲まれてこの老人と話をした。スピラの地のことや、わたしの体のこと。


「して、体は一晩経っても問題ないかの?」
「はい、全くいつも通りです」
「そうかの……不思議なこともあるものじゃ」


この星でしか生きることのできないこの体。ブーゲンハーゲンさんはそれに強く興味を覚えたようで、今もわたしを眺めながら首を傾げている。


「…どんな思いであれ、この星のライフストリームに流れた強い思いがわたしを此処へ呼んだから、星がわたしを生かすのだと、そうおっしゃいましたね」
「そうじゃの、あんたは呼んだのはセフィロスじゃと、言っていたが」
「はい。でもどんな理由のために此処へ呼ばれようと、此処で生きると決めたのはわたしの意思ですから。わたしはわたしのやりたいことをします」
「ホーホーホウ。若いのはいいのう。したいようにするがよかろうて」
「わたし、ブーゲンハーゲンさんより長く生きてると…思いますよ?」
「心持ちの問題じゃよ」


ホーホーホウと、そう再び言って長い髭を撫でた。
しばらくして村を出ると、少し離れた場所に駐留されたハイウィンドが見える。ブーゲンハーゲンさんは興味深げに唸りながらそれを見上げて、相変わらずふよふよと浮かびながら入り口の向こうへと消えて行った。


「昨日、何か話したのか」
「うん。何か新しいことがわかったわけじゃあ、ないんだけどね」


ブーゲンハーゲンさんから離れてすぐ、隣に歩み寄ってきたのはヴィンセントだった。二人は昨日から直接話しているところを見ていない——最後に会ったときから何ら容姿の変化していないヴィンセントと、人と同じように歳を重ねたブーゲンハーゲンさんとの間にはなにか複雑なものがあるのかもしれない。今もわたしが彼から離れるのを待っていたのだろうヴィンセントはなんとも言えぬ表情を浮かべていた。


「わたしみたいな人の話は聞いたことがないって興味を持っていたよ」
「フ……神羅の科学部門をしてほとんど解明できなかったのであれば、あの老人が興味を持つのも無理はない」
「…まあそれは、1週間の期限つきだったしね」
「……いや、1週間あってほぼ何もわからなかったとあれば、お前の体には神羅の技術を遥かに超越する何かが隠されているのだろう」
「…そう言われるとなんだか恥ずかしいな」


コックピットまで歩くと、ブーゲンハーゲンさんとクラウドを除く皆が勢ぞろいしていた。二人は途中で何かを話していたから、しばらくすれば戻ってくるだろう。行先は決まっているので迷うことはないし、飛空挺であれば此処からそう遠くもない。シドがパイロットに声をかけて何かを話すと、飛空挺はふわりと浮かび上がって、この赤土色の荒野を抜けて駆け出した。


「…コスモキャニオン、すごく綺麗なところだったね」
「…ああ、そうだな」
「全部おわったら二人で来たいな」
「……」


ヴィンセントは言葉を止めてわたしを凝視している。にこりと笑うと、少し気まずげに瞳を逸らして、ああ、と小さく頷いた。——自分から揶揄うのは嫌いじゃあないくせに、少し恋人らしいことを言えばすぐこれなんだから。






「ケット・シー、どうかしたのか?」


古代種の都への旅路、少し沈んだ表情でいつもより静かに佇んでいたケット・シーに、どこかを歩いて戻ってきたらしいクラウドがそう声をかけた。飛空挺は滑るように空を進み、もうあと数十分もすれば到着するだろう。ケット・シーはしっぽをおろして落ち込みを顕にしている。


「何かあったの?ミッドガル?」
「いや、せやな……」


ケット・シーは言葉を探すように口を開いては閉じる。どうしたんだろう。コックピットに残っていた皆がケット・シーの方を見つめた。


少しの間そうしていたケット・シーが観念したように話し出した。


「エアリスさん、亡くなってしもたこと お母さんに伝えたんです。エルミナさん、ずぅっと泣いてはりました……マリンちゃんも……」


その思わぬ告白に、コックピットに残っていた仲間たちは皆黙り込んでしまう。マリンちゃん、という女の子のことは聞いたことがある——他ならぬエアリスから教えてもらったのだ。その子はエアリスの育ての親の元に預けられていたのだと、言っていた。エルミナさんというのはその母親のことだろう。


「……それ、貴方が直接、伝えたの?」
「……はい……」


ケット・シーはわたしの質問に項垂れるように肯定した。
『貴方』で表すのはもちろんケット・シーの向こうにいる彼のことで。二人を人質にとっていた彼はきっと、二人とも面識はあるだろうし、いつでも話せる状態なのかもしれない。けれど肝心のエアリスとリーブには直接の面識があったようには思えないのに。


ケット・シーは俯いていて、他の皆も、何も言えなくて。静まり返った飛空挺。飛空挺は淡々と目的地に向かって飛び続けている。これから向かう場所は奇しくも渦中の彼女が——エアリスが、最後の時を過ごした場所。


ケット・シーに、あるいはティファや、バレットに、何を言えばいいかわからなくて、黙ってケット・シーを静かに見つめた。貴方が落ち込む必要はないのだと、そう伝えたいけれど、それを聞いて泣いていたというマリンちゃんの父であるバレットのことを思えば、上手く言葉にできなくて。


そのとき突然、ティファが動き出した。彼女はケット・シーの方へ歩み寄って、その小さな両手を取る。ティファは——にこりと、綺麗に笑っていた。


「……ありがとう、ちゃんと、伝えてくれて」
「ティファさん、」
「ああ、俺たちが行けたら良かったけどよ……」
「バレット、さん……」


ティファの言葉と、それに続くように発したバレットの言葉に、ケット・シーは驚いたような、戸惑ったような声をあげる。思いの外優しい二人の言葉が予想外だったのかもしれない。——二人とも、怒ってない。むしろ、感謝しているのだ。そしてそれは、エルミナさんともマリンちゃんとも面識のないわたしや、他の皆も同じはず。ティファに続くようにケット・シーに歩み寄って、ティファが両手を繋ぐ反対側から、その頭を撫でた。


「……貴方がしないといけないことでもないだろうに、ね」


例えば。
例えば、ツォンという男を古代種の神殿で助けた。彼とエアリスとの間には敵と味方ながら不思議なつながりがあったように見えて。きっと幼い頃から彼女を見守っていたという彼は、彼女の育ての親のことも知っていただろう。このぬいぐるみが——リーブが、自ら伝えなければならない理由なんて、どこにもないのに。


「……ユリアはん、ありがとうございます」
「ううん、わたし、そのエルミナさんのことも、マリンちゃん?のことも知らないけど……ありがとう」


ケット・シーは何も言わずにまた俯いて、ティファに繋がれた両手を見つめている。
優しすぎるくらいに優しい人。エアリスの死を見てしまった彼はきっと、自分から伝えずにはいられなかったんだろう、だれかに任せてはいけないと、そう思って背負いこんでしまったのだろう。


少しでもその心が安らかになりますように、そう祈りながらその頭を優しく撫で続けた。