Inside of the rocket



この星に突然現れたわたしは、スピラにいた頃持っていなかったはずの肉体を持ち、他人に認識され触れることもでき、そして痛みさえ感じることができる。その機能がどれだけ不完全であっても、老いたり、変化したりすることはなくとも、ふとすれば忘れてしまいそうなほど、普段は意識さえしないほどにわたしの体は「生きて」いる。


そしてケット・シーに——宝条博士によれば、この「体」を再現しているのはこの星のライフストリームだ。もし神羅に今も囚われていたなら宝条が「ではこの体を星のライフストリームから切り離された場所に連れて行けば何が起こるのか」なんて実験を始めてもなんら不思議ではない——もしかしたらあの一週間の間にそんな実験もあったかもしれないけれど、記憶には残っていないのでないも同然で。だからわたしがここでやったことは多分、あのミッドガルの一週間の、続き。





朝いちばんに訪れたロケット村は前に訪れた時と同じ緊張感に満ちていた。村人たちはちらちらと発射台に取り付けられた大きなロケットを眺めては関わりたくない、という表情で建物の向こうへ消えてゆく。通りは閑散としていて、広い通路を神羅兵やエンジニアと思しき男たちが歩いてゆくのを除けば、異様なほどに静まり返っていた。


村に入るとほとんどの建物は扉も窓も、カーテンも閉じられて、店の一部でさえ臨時休業の貼り紙がなされている。わたしはといえば、ティファのおかげで昨日のこともだいぶ落ち着いて受け入れられるようになったけれど、それでもどこか気まずいヴィンセントとは少し離れて、ティファの隣を歩いていた。ヴィンセントが考えていることはわからないけれど、彼の方からも近づくことはない——いつかと同じだ、と笑ってしまう。


「え、パルマーはんがきてはるんです?」
「ええ、そのようですが…」


ケット・シーが驚いたように聞き返すと、バーの主人は困惑したように頷いた。眠り続けていたロケットが昨日の今日でもう打ち上げができるというのにみな驚きを浮かべている。いつものことながら神羅の技術力には舌を巻いてしまう——思ったより余裕はないのかもしれない、シドが大きく舌打ちをした。


「シド!!!」
「うるせえ!!」


ティファの呼び声にピシャリとそう返したシドは、バン、と大きな音を立てて扉を開いて奥へと駆けてゆく。顔を見合わせて頷くと、バレットとレッドXIII、クラウドの3人が後を追うように走って行った。


「あの、貴重な情報ありがとうございました」
「ああ、いや、いいんですよ。今日はお急ぎのようですからまたいらしてください」


穏やかなマスターに頭を下げて店を出ると、シドはおろか、バレットの大きな体さえもう随分遠くに見える。慌てて駆け出そうと重心を前へ移動したティファの腕を取った。半ば睨み付けるように振り返ったティファに負けないよう、叫ぶように口を開く。


「発射台の下に先回りしよう!」
「どうやって!?」
「わたしの魔法、忘れないでほしいな!」


ちらりと周囲を見渡す。村人たちの多くは建物の中に籠もっていて、遠くにロケットを見上げる老人が見えるだけ。ロケットの位置は覚えているし、発射台の入り口まで飛べばおそらく、村人の目に留まることはない。


こっちに、と言えば皆がわたしの近くに集まって、それでもできるだけ近づかないように横を向いているヴィンセントに敢えて声は掛けない——まあ、このくらいなら、大丈夫。自分の移動には何度となく使ったテレポだけれど、仲間にかけるのは初めてで、少しの緊張感と共に瞳を閉じ、精神を集中させた。


ふ、と空気が変わって、瞳を開く。周囲にいた仲間ごと移動できたのを確認した瞬間に正面から大きな声——神羅兵が驚きの叫び声が鼓膜を裂くように響いた。


「なんだ、お前らどこから現れた!?」
「どこから、でしょうね?」


思わず耳を押さえつつも、動揺しているらしい二人の神羅兵が戦闘体勢を取るより前に、発射台を傷つけないようエアロガを放つと、背後の木に頭を強打した二人は何もできずに気を失う。ふう、とため息をついたところでちょうど、シドが駆けてきた。


「シド!」
「おっおめーらいつの間に…!?」
「ユリアはんの魔法にお世話になりました、焦ったらあきまへんで!」
「す、すまねえ…!行くぞ!神羅なんかにオレ様のロケットを好きにさせてたまるか!」


怒りで興奮状態だったシドが少し落ち着いて、けれどまだ怒りは醒めやらぬという表情で階段を駆け上がってゆく。上にはまだ、幾人かの警備隊員が待ち構えていた。


彼の空や宇宙へ懸ける思いのことはわたしも、皆もどこまでも思い知っているから、駆け上がる興奮状態のシドを呼び止めることはしない。代わりに、ようやく追いついたバレットたちと顔を見合わせて皆で、シドを追いかけて階段を駆け上がった。


「ここより一歩も進ませるな! 総員、突撃ィ〜〜!」


隊長と思しき男がそう掛け声を懸けるので、再び魔法を唱える。シドに襲いかかっていた警備隊員は皆、大きな風とその合間に放たれる銃の力で階段の下へと落ちて行った。——そう高いところではないから命に別状はないと思うけれど、と考えながらちらりと見下ろす。


「チクショウ、あいつら! オレ様のロケットに何しやがる気だ!」


苛々としたシドの声。ロケットの中からもざわざわと人の気配がして、中にもまだ神羅の関係者がいることが察される。行くぜ、と吠えたシドがロケットの向こうへと消えてゆくのをまた、慌てて追いかけて。


「シド!」
「オウ、こいつらぶっ倒す、手伝ってくれ!」


中に入ってすぐ立ち止まったシドに声を掛ける。
そう広くないロケット内部に多くの警備隊員が集まって武器を構えていた。


「随分と大掛かりじゃねーか、神羅カンパニーさんよ」
「メテオを落とすための神羅の一大プロジェクトだ、失敗は許されないんだろ」


バレットは一歩後退する——此処でマシンガンを乱射すればロケットがどうなるかは火を見るよりも明らかだ。わたしも此処で全力のエアロガを放つわけにはいかないし、ユフィも同じだろう。ヴィンセントは離れたところからライフルを構えて決して外さぬように一発一発を慎重に撃ち、前衛はクラウドやティファ、レッドXIIIが勤めて。バレットの言葉にゆとりのあるらしいクラウドがバスターソードを振るいながら冷静に答えた。


「もう大丈夫だよ、シド!」
「ああ!」


入り口付近で立っている人間が仲間たちだけになった頃、レッドXIIIの言葉にシドが強く頷いて、ようやくロケットの奥へと侵入した。その先すぐに見えたのは、どこかで見たことのある男——スーツを着た、スキンヘッドのタークス。


「……あなた、ウータイのときの」
「……おまえたちか……神羅の計画を邪魔するものは、排除する」


寡黙そうな彼が短くそう告げて襲いかかってくるのを、背中に背負った剣を正面に向けたクラウドが受け止めた。強い力で跳ね返されて、飛ばされたクラウドが受け身を取る。——警備員たちとの戦いと同じようにはいかないだろう。けれど、相手はどれだけ強敵でも一人。


「…全力で魔法なんて使ったらロケットが壊れちゃうよね」
「銃も…やめておくのが賢明だろうな」
「ああ、先に行ってくれ!」
「クラウドさん!自分も戦うのは苦手やさかい、さき、失礼しますわ!」


戦闘はクラウドとティファに任せ、シドと共に先を急ぐことを選択した。
すぐに行く、と叫ぶのを背中に聴いて、誰よりも全速力で前を走るシドを追いかけた。


あのタークスがいたからか、内部の警備員は外の人々と比べて随分と警戒が緩んでいる。シドは進行方向にいる警備員をなぎ倒しながら真っ直ぐにかけてゆくので、起き上がってシドを追いかけようとする警備員らを気絶させながら彼の後を追いかけて。


ロケットの中は見たことのない機械に溢れているけれど、わたしはそれを意識することさえ、もうなかった。