Somewhere far from the planet


全速力のシドを追いかけ続けて、ようやく最奥——コックピットにたどり着いた。シドの背中のあたりで膝に手をついて息を整え、前を見ればそこには先着——数人のメカニックが何かを弄っている様子が視界に映る。


「おい! てめえら、何をしてるんだ!?」
「おお! 騒がしいと思ったら 艦長、帰ってきたのか!?」
「聞いてくれよ、艦長。ロケットを飛ばせるんだぜ!」


彼らの声は興奮に満ちていた。怒りに震えていたシドの表情が訝しげなものへと変わる。後ろから駆けつけてきたクラウドたちが、状況を把握しようと静かにシドと彼らを見るけれど、シドはそんなことにも気がつかない。シドの表情が少しずつ、変わってゆく——瞳に、光が灯ってゆく。


「あん? いったい、何の話だ?」
「このロケットに、マテリア爆弾を積んでメテオにぶつけて破壊しちまうんだ」
「オレたちのロケットがこの星を救うんだぜ!」
「うう〜 興奮するぜ〜!!」


——ロケット、神羅26号。宇宙へ飛ばすために作られながら、この場所に忘れさられて宇宙の色も知らない。クラウドが慌てて彼らを止めようと前へ出て口を開いたが、それをシドが制した。


「ロケットの調子はどうなんだ?」
「だいだいOKだ」
「でも……ロケットをオートパイロット装置でメテオにぶつける計画なのに かんじんの装置が壊れてるんだよ」
「壊れている、だぁ? 修理は、どうなっている」
「シエラがやってるけど……」
「ケッ! おめでたいヤツらだな! あの女に任せてた日にゃ 100年たっても終わんねぇぜ!こいつはオレ様が動かしてやるから オートパイロット装置なんて放っとけ!ホレ、ホレ! みんなに伝えてこい!」
「わかったよ、艦長。あとは、よろしくたのんだよ」


あれよあれよという間にシドはコックピットにいた彼らを追い出して、コックピットにはシドとわたしたちだけが残されてしまって、シドは今までに見たことがないような表情を浮かべていた。瞳の向こうに映るのはきっと、希望や、夢や、好奇心。どういうつもりだ、と叫ぶクラウドに、先ほどまで興奮したように怒鳴っていたシドが冷静な口調で語り出す。彼の、宇宙への思い。ロケットに懸けてきた、思いのことを。


「地ベタをはいずりまわってた人間が 空を飛べるようになったんだぜ!そして、ついには宇宙まで行こうってんだ。科学は、人間が自らの手で生み出し、育て上げた『力』だ。その科学が、この星を救うかもしれねえ……科学のおかげでメシをくってきたオレ様にとってよ これほど素晴らしいことはねぇぜ!」


気づけば誰も口を挟めずに、彼の話にただ黙って耳を傾けていた。


——世界を守るために戦わないといけない今だから、なんのために戦うのか、自分の気持ちと向き合って見つけないと……


昨日のティファの言葉が頭の中で再生されて、それからシドの言葉を反芻する。コックピットにはたくさんのモニターやキーボードが並んで、シドの瞳は子供のように輝いている。神羅の技術力の高さはミッドガルにいた頃から、そして旅を始めてからも痛いくらいに思い知った。ずっと逃げ続けてきた機械文明の技術が、いかに人の暮らしを豊かにして、知らない世界を見せてくれるのか。シドはそれはずっと知っていた。知っていて、それに夢を託そうとしている。彼自身の夢を。


「だまれ!! しかしも、かかしもねぇ!!さあ、ここはオレ様の仕事場だ! 関係ねぇお前たちはとっとと出て行きやがれ!」


何も、いえなかった。きっとこれがシドの戦う意味で、生きる、意味。わたしにはとても止められない。出て行こうと体を傾けた、その瞬間だった。


突然、機体が大きく揺れた。辺りを見渡すが閉め切られたコックピットには窓はなく、外の様子は把握できない。揺れの激しさに思わず座り込むと、どこかから見知らぬ男の声が響いた。シドが叫んだ男の名——神羅の宇宙開発部門の、統括か。


「オートパイロット装置修理完了だってさ。だから打ち上げだよ〜ん」
「くっ!シエラのやつ 今日に限って早い仕事かよっ!クソったれ!ビクともしねえ! 完全にロックされちまってるぜ」
「うひょひょっ! もうすぐ発射だよ〜ん」


突然大きく変わった状況に着いていけないまま、とにかくどうにか立ち上がろうとバランスを取ろうとした瞬間、パルマーの気の抜けた声で発射が告げられる——まずい。反射的に全員にレビテトをかけ、近くにあった壁に張り付いた。


あたりにはゴゴゴ、と低く大きな音が響き、体に大きな重力が掛かる。魔法でそれを相殺してなんとか姿勢を保つけれど、加速を続けるロケットの中でのしかかるような強い重力に顔を上げることもできない。自分の体と、無機質な鉄の床を見つめて、どうにか押しつぶされないように堪える。うまく呼吸もできずに体に走る痛みに小さく呻きながら体を支えていると、少しずつその加速度は小さくなって、はあ、はあ、と浅い呼吸を繰り返しながらそれが落ち着くのを待った。


しばらくしてようやく加速をやめたロケット内部で、ゆっくりと起き上がる。周囲を見渡せば同じようにしていた仲間たちが同様に立ち上がろうとしていたところで。画面に映る赤い点は現在地だろうか。倒れていたほんの一瞬で随分と地球を離れてしまった。——そして、点線の向こうの目標は。


「ついにきたぜ……宇宙かよ……さてと、こいつの航路はどうなっているのかな……っと」


シドが何かを眺めて機械をいじっている。


「やっぱり、メテオに向かうコースをとっているな」
「どうしよう? オイラたち、死んじゃうのかな」
「ケッ、パルマーのヤツ、ごていねいにもオートパイロット装置をロックしてやがる。こいつの航路は、変えられそうにもねぇな」


窓のないコックピットからは宇宙の色も分からず、画面に表示されるこのロケットの現在地が淡々と目標物へ近づいてゆくのを眺めることしかできない。本当にわたしたちは今宇宙にいるのだろうか、わたしにはその実感さえ持てず、どこかぼんやりとした気持ちで感慨に耽ってしまう。


——飛空挺に乗り、潜水艦に乗り、今はロケットに。
スピラの誰かも星を渡って、この星へたどり着いたのかもしれない。ウータイでゴドーさんから聞いた話を思い出す。機械への抵抗なんて今更だけれど、今自分が決して人の手ではたどり着けない場所にいるのだと思うと、どこか不思議な気持ちだった。世界を渡ること——スピラからこの世界に突然飛ばされたことよりもずっと、自分が機械に乗って水底や空や、この星の外へと旅をしている、そのことの方がずっと、非現実的に思えて。


そしてそれから考えたのが——わたしの体はこの星を離れても生きられるのかという、ことで。脱出ポットを使って脱出できるというシドの言葉に誰もが表情を緩め、ヒュージマテリアの回収のためにクラウドが消えたころ、安心したようにおしゃべりに興じながらシドとクラウドを待っていた、その刹那、


「…ぅ、っ」
「ユリア!」


心臓を貫くような痛みが体を襲った。
体が、締め付けられるように痛くて。視界が歪んで。誰かが大きな声で名前を、よんで。近づく地面にぶつかるより前にふわりと暖かな腕の感触。遠いどこかから、みんながわたしの名前を読んでいる気がする。自分の体から立ち上る薄い緑の光の眩しさに目を閉じる。その直前に映ったのは赤い、


「ユリア!」


——あなたはどんな時でも、いつもそうしてわたしを助けようとしてくれるね。
最後にそう考えて、意識は闇の向こうへ沈んていった。