"What may be a few to you was everything to those who died."



「……というわけでリーブ君。魔晄炉の出力調整は君の仕事だ」
「はぁ……」
「キャハハハハハ! 調整なんていいわよ、リーブ出力全開でガーーーーッと行くのよ!」
「ガハハハハ! それにしてもさすが社長!セフィロスを倒せばメテオも消えるとは 目のつけどころが違いますな!」


忘らるる都から飛空挺の方へと戻る最中、微妙そうな顔をしたケット・シーのトランシーバからはまた社長や他の上層部の声が聞こえる。魔晄炉の出力調整を、と言われたこのぬいぐるみの操り主の声からは今のケット・シーの表情と全く同じ感情が窺えてどこか可愛らしくもあったけれど、内容はそう軽く流せるようなものではない。


「神羅のヤツら、流石に頭はキレるじゃねーか、気にくわねーがよ」
「そう、だね。わたしたちがこれだけ旅してやっと分かったことを建物に籠もってるだけで見つけだすんだから、さすがだ……」


バレットでさえ顔を顰めながらも彼らを認めているような言葉を発する。
セフィロスを倒せばメテオも消える。ブーゲンハーゲンさんの話からしてもそう大きく離れてはいない——セフィロスが消えればホーリーが発動するなら、結果的にメテオから地球を守ることもできるだろうし。


シスター・レイ。神羅カンパニーのキャノン砲の名前を呼ぶ甲高い女の声が響いて、トランシーバの通信がぷつりと途絶えた。


「……この作戦が成功したら、わたしたち、何もしなくてもよくなるかもしれない?」
「かもな。だがセフィロスがあんなキャノン砲くらいにやられるとも思えない」
「私も、クラウドの意見に賛成……むしろ嫌な予感がする……」


わたしの希望的観測にけれど、皆は不安げな表情を浮かべている。
——嫌な、予感。脳に響いていた古代種の意識が遠ざかるにつれてすこしずつ大きくなる咆哮のようなものがわたしの胸にも同じものを齎している。どこかで、また、ウェポンが。星もまた暴れているのだ、セフィロスだけではなくて。


「……ウェポンがまた、動くかもしれない。次に行き先があるとすれば……どこ、だろう」
「北の大空洞ちゃいますの?」
「……もしそうならもっと早く動き出してるんじゃないかな。魔晄炉の出力を上げたなら、次に標的になるのって……」
「それって、まさか」


ティファが呟いた瞬間、あたりに大きな地響きが鳴り渡った。


「っ、近い、」
「ユリア、わかるの!?」
「わ、からないけど……動き出した……海底に眠っていたウェポンが……!」


大急ぎでハイウィンドに駆け戻る間も、ごうごうと響く音が頭の中で暴れ回る。それはミディールを襲ったウェポンとその後の光景とを思い出させる——スピラにいた頃に何度も何度も、何度も見た絶望と重なるあの、光景を。


「……っ、ウェポンが、また、人を襲ったら……」


小さく呟いた声に、目の前にいたぬいぐるみがびくりと、震えた。その瞬間にハイウィンドに響く警報のような音。怪電波を察知したという隊員が振り向いて、ケット・シーを指差した。


「ちょっと驚いてコントロールが乱れてしまいました。しもたなぁ〜……」


ケット・シーはその小さな手で頭を掻いて振り返る。小さな彼は、デブモーグリに乗ってもまだ身長100センチほどで、首を大きく上に向けてわたしと目を合わせた。


「ユリアはんの言ってた通りでした……ウェポン、ミッドガルに迫っとります」
「そんな……」
「新兵器でなんとかなるんだろ?」
「準備が間に合うかどうか……」


ケット・シーの声色には焦りが滲んでいるように聞こえた。


「おい! マリンはどうなるんだ!?」


バレットは駆け寄ってその小さなぬいぐるみの両肩を掴む。目の前で行われるその威圧的な行為に思わず一歩後ろへと下がると背中がとんと、柔らかな何かに触れた。


「ご、めん……」
「……いや、構わない」


すぐ後ろに立っていたヴィンセントは何も言わず、けれどそっとわたしの左手をそのひとまわり大きな右手で包み込む。ありがとう、と彼にだけ聞こえるように囁くように言うとその手の力が少しだけ強まった。小さく息を吐いて、二人を見守る。


ケット・シーはわたしとは対照的に怯えた様子も見せずまっすぐバレットのほうをまっすぐに見つめていた。


「マリンちゃんは安全な場所にいますわ。エアリスさんのお母さんもいっしょです」


マリンちゃん、というのはバレットの娘さんのことだと、古代種の神殿に向かう途中にエアリスが話していたのを思い出していた。あの頃ケット・シーは彼女を人質にとって、スパイであることを公言しながら旅をしていた。思い返せばあれはそう長い時間でもなかったし、あれからたくさんの事件が起きたこの旅では、あの時のバレットの人を殺せるような鋭い視線がケット・シーを見ていた時のことはもう、どこか遠い過去のことのようだった——バレットにとってはそうではないかもしれなくとも。


それでも少なくとも彼は今ケット・シーのその言葉を信頼して安心したように両手を離して、頭を掻きながら元いた場所へと戻ってゆく。それを見ながら、あの時考えていたことを思い出す。人質としている以上、何もしなければ身の安全は保証されている、と。今まさにそれが現実のものとなっていた。


だから、わたしはそれを、バレットもケット・シーのことを信頼するようになったんだな、と呑気な気持ちで見つめていた。それはわたしに想像力が足りなかったのかもしれないし、神羅に所属していなかったから、あるいはミッドガルにそこまでの愛着があったわけではないから、きっと街のために心を削っている、ケット・シーやそれを操る彼の心情をよく、理解できていなかったからかもしれなかった。


「バレットさん!!なんですか、今の『ポリポリ』ってのは!」


いつも明るくしているケット・シーが、今までに聞いたことがないくらいに怒気に満ちた声で叫んだ。思わず一度緩めかけていたその、ヴィンセントと繋いだ左手をぎゅっと、握りしめる。ケット・シーがこんな風に怒鳴っているところを見たことのないわたしや、皆が驚いて見つめている中、ケット・シーはそれらには見向きもせずに、デブモーグリを動かしてバレットの方へと詰め寄った。


「マリンちゃんが安全やったら あとはどうなってもええんですか?まえからアンタには言いたいと思とったんですわ!ミッドガルの壱番魔晄炉が爆発したとき 何人死んだと思ってますのや?」
「……星の命のためだったんだ。多少の犠牲は仕方なかった」
「多少?多少ってなんやねんな?アンタにとっては多少でも…死んだ人間にとっては、それが全部なんやで……」


壱番魔晄炉が、爆発したとき。
今更だけれど、この船には元アバランチの構成員と神羅カンパニーの社員が同時に乗り合わせている。ケット・シーはひどく興奮した様子で、その言葉はとても、重い。彼は——ケット・シーの向こうにいるはずの彼は今何を思っているんだろう。マリンちゃん、という彼の娘を人質にとっていたころのバレットはケット・シーへ明らかな敵意を見せていたけれど、逆にケット・シーがバレットやティファやクラウドへ敵意を含む視線を向けているところは一度も、見たことがなかった。


ミッドガルでわたしを助け出してくれたのは結局のところケット・シー——正確にはその向こうにいる彼だ。ケット・シーが星のために自ら体を差し出してメテオを取り出したときのことや、リーブに助け出されたのちにミッドガルで一人被検体として囚われていたわたしがどんな目に遭っていたのか、それを悲痛な声で語ってくれたときのことを思い出せば、ケット・シーが、あるいはリーブという男がどれだけ優しい人なのかわかる。きっと、街のことも一日一倍考えて、心を砕いてきた。そうでなければスラムにまで、都市開発部門の人間が視察にくることなんてないだろう、から。


(……死んだ人間にとっては、それがぜんぶ、)


此処にいる人は誰もが大切なひとを失って、それでも此処にいるから、彼の思いは痛いくらいに理解できる。神羅の人間に言われたくない、と言い捨てたバレットも、きっと。一度死んで、大切な人を二度も失った、わたしも、きっと隣で手を繋ぐ、ヴィンセントも。


けれど結局わたしは、この会話の中では他人でしかない。アバランチのことも、神羅のことも、何も知らない。アバランチが何度もテロを繰り返していたことは知っていても、神羅がプレートを落としたことは、知っていても。その渦中でバレットが、ケット・シーがどんな思いでいたのかなんてまるで知らなくて、何も、知らなくて。黙って、二人の言い争いを見つめることしか、できない。


(……いつも、わたし、無力だな……)


力があっても、誰も守れなければ意味はないのに。きっと傷ついているだろうケット・シーのことも、バレットのことも、わたしには何もできない。会話を遮って止めに入ったのは結局、クラウドとティファだった。ティファが静かに話し出す。


「私たちがミッドガルでやったことは どんな理由であってもけして許されない。そうでしょ? 私たち、忘れたことないわよね?あなたのことだってわかるわ……あなたが会社をやめないのは ミッドガルの人たちが心配だからよね?」


バレットもケット・シーも、彼女のその言葉に何も言えず、魔晄炉のテロに関わらなかった他の皆は、私も含めて、やっぱり会話に入れずに、コックピットには静寂が広がった。ごうごうとウェポンが発する敵意がわたしの頭の中でだけ、全てを飲み込む勢いで響き渡っていた。