Fight against the Weapon
静寂に包まれて時間が過ぎるのをいつまでも待っていられるほど、状況にゆとりがあるわけではない——ウェポンは確実にミッドガルへと近づいているのだから、この船がどうすべきかは決めなければならない。クラウドが力強い表情で口を開いた。
「よし!俺たちの手でウェポンを倒してやる!」
「クラウドよう……あんなバケモノに勝てるのか? 少しは勝ち目ってのがあるんだろうな?」
「そんなことはわからない!しかし、だからと言って放ってはおけない!」
クラウドの言葉にケット・シーが表情を緩めたのがわかった。
「……とにかく、ミッドガルに行こう。できるかぎり、あのウェポンを止めないと」
「ああ、ユリアの言う通りだ。ミッドガルへ向かうぞ!」
クラウドの言葉に操縦士の男が頷いて、ふわりと飛空挺が浮かび上がる。大きく舵を切ってすぐに、飛空挺は全速力で進み始めた。
「ミッドガルまでどのくらいかかるんだ?」
「はい、一時間もあれば到着するものと思われます!」
クラウドの問いに操縦士の男がそう答える。
——一時間。徒歩や船では決して達成できないその速度は飛空挺の力だと思う一方で、決してこの場に流れていた雰囲気がすべて、払拭しきられたわけではない。バレットが気まずげに俯いたまま、コックピットを静かに出て行った。大きな窓の方を向いてデブモーグリの上で俯くケット・シーはそれに、振り返らない。コックピットには再び、静寂が落とされた。
「好きとかキライとか……気持ちとは関係なくミッドガルからはなれられないわね」
呟くようなティファの声がぽつりと響く。
——わたしも、偶然とはいえ、この世界で初めて訪れた場所は、そしてそれから5年の歳月を過ごした場所は紛れもなくあのプレートの下だった。あまりにも濃密なこの旅の記憶がミッドガルでの生活をどこか遠いもののように思わせてしまうけれど、それでも、突然落とされたこの世界で、スピラとは全く異なる技術や常識に戸惑いながら必死に生き抜いてきたのはあの場所。今はもうない、あの汚れた、スラムの街。
「……ヴィンセント、ありがとう」
「……」
何も言わずにヴィンセントはわたしの手を離して、わたしはゆっくり歩き出す。コックピットの隅で窓の外を眺めているケット・シーの方へ向かって。
「わたしも、この旅を始めるまでミッドガルしか知らなかった……神羅のことも、アバランチのことも、何も知らなかったけど……わたしがただ生きるのに必死になってる間もずっと、星のことや街のこと、考えてたんだよね」
どちらが正しいとか、間違っているとか、そんなことはわたしには言えない。強大な軍事力を持つ神羅カンパニーに対抗するのに武器を手に取ることも、会社の内部で武器をもたずに戦うことも、どちらもどれだけ大変なことなのか、想像さえできない。
「……なかなかセフィロスには近づけないな……」
「でもこれもきっと、必要なこと……ウェポンを目覚めさせたのはセフィロスやわたしたち……ミッドガルの人たちにはなんの罪もない」
ケット・シーもそう思うから慌ててたんでしょう?目の前の小さなぬいぐるみの頭を撫でた。毛並みを揃えるようにゆるく指を立てる。ケット・シーは何も答えない。そういや、よ。シドが思い出したように口を開いた。
「昔、試作ロケットが一機 ミッドガルのスラム街だかに落ちたんだよな。爆発しなかったって聞いて ホッとしたの覚えてるぜ」
ミッドガルという街への愛着はそれぞれに異なるけれど、街に危機が迫る中で何もしないという選択肢はない。だから。
「大丈夫だよ、ケット・シー。一人じゃないよ。助けに、行こう」
ありがとうございます。消えそうな声でケット・シーがそう呟いた。
ミッドガルから少し離れた荒野。海岸線に立って、だんだんと近づくウェポンを待つ。この距離では魔法も銃も届かないから、みなそれぞれその巨体を見上げながらマテリアや銃や、剣の準備を入念にして。
「そろそろ、魔法はとどくかな……」
「アタシは上陸したら動くよ!」
アレイズを掛けられて十二分に元気なユフィが準備運動を始める。瞳を閉じて、精神を集中させた。
——フレア。
瞳を開くとダイヤウェポンの目の前、何もなかった虚空で突然発生する大爆発に海が大きく凹んで、大きなクレーターを作る。断続的に続くその爆発に、ウェポンは一度動きを止めた。
「効いてる、かな…」
小さく呟いた次の瞬間、その攻撃の発生源を特定したらしいウェポンが、スピードを上げて迫ってくる。バレットがマシンガンを放ち、ヴィンセントもまた銃を足の根本の結合部分に数発の弾を打ち込んだ。
「硬えじゃねえか……っ」
バレットが焦ったように叫んだ。マシンガンはウェポンを傷つけた様子はなく、むしろ跳ね返ってざぶざぶと海に沈んでゆく。そしてウェポンはついに浜辺に上陸した。
「行くよ!」
ユフィが叫び、近距戦闘型のクラウドやティファ、レッドXIIIにシドがそれに続いて走り出す。彼らにウォールをかけてから再び精神を集中させた。かつん、かつんと刀や槍、手裏剣がウェポンの体にぶつかる音が響く。彼らが少し離れた頃合いを見計らって魔法を唱える——アルテマ。眩い光がウェポンを中心に立ち上って、それから弾けた。
それからも全員で攻撃を続けるけれど、ウェポンは星そのものの持つ力なだけあって、なかなか倒れない。『召喚』して戦うのが早いかもしれないと、胸に手を当てた次の瞬間、ウェポンの様子が変わった——わたしたちに向けていた攻撃の手が突然、止まる。
「何が…!?」
殺気を感じている、とクラウドが呟いて皆が辺りを見回したが、現状は把握できない。けれどウェポンは最早わたしたちを認識することすらやめて、体をミッドガルに正面に向ける。
「オレ様の船に戻るぞ!」
シドの叫びに従って皆でハイウィンドへ駆けた。一体、何が起きるのか。突然動きの変わったウェポンに何かイヤな予感を感じながら飛空挺へと戻り、コックピットの扉を閉めるとケット・シーが焦ったように声を上げた。
「やばい! はようここをはなれるんや!でっかいのが……でぇぇぇっかいのがくるで!」
ハイウィンドは慌ててその場を離れるように発進する。コックピットの大きな窓からは巨大なウェポンの姿が見えた。ミッドガルの街の方を向くそれは胸のあたりが怪しく光って、その向こう、神羅ビルでは巨大な砲台——シスター・レイが緑色の光を集めていて。その二つの光が充填された後に起きることは、考えずとも、わかる。
「ぶつかる……っ!」
ウェポンの胸から十数個の光弾のようなものが発射されたのと同時に、シスター・レイからも魔晄砲が放たれた。人間の力とは桁違いの破壊力を持った2つの光が荒野で交わって——一方はウェポンへ、一方はミッドガルの街へと突き進む。ハイウィンドはもう、その光の進路から離れて逃げることしかできない。
「どこに向かって撃ってるの!?」
「ミッドガルだ!」
「マリーーーン!!」
ハイウィンドにも響き渡る大きな音を立てて、魔晄砲はウェポンを貫いた。その光はその更に先まで伸びて、どこか遠くから大きな光が立ち上る。そしてウェポンの放った光弾は神羅ビルの、最上階を襲った。
ほんの数秒の出来事だった。
光弾はガラガラとビルを、街の一部を破壊して、何事もなかったかのように消えてしまい、ダイヤウェポンからは緑色の光が、立ち上っている。
桁違いの規模にただ、呆然とすることしか、できなかった。
神羅カンパニーはどうなったのだろう。あの光線の先には何があったのだろう。状況を掴めない。やがてバレットが小さく、すげえ、と呟いて、ようやく現実を把握しようと頭が回り始めた。
「ウェポンを突き抜けた魔晄砲は……」
「そうだ! 狙いはセフイロス! 北の果てのクレーターだ!」
クラウドの言葉にはっとして、コックピットの大きな窓の向こうを見つめる。もう光の消えたその場所は、砲撃の対象はあの、大空洞だったのだろうか。あまりに遠いその場所は此処から見ることはできない。ミッドガルの側もここからでは上層階に炎が上がっていること以外、なにもわからなかった。ビルの上層階には社長室がある。神羅カンパニーにそう詳しくないわたしでもそのくらいは知っていた。あのルーファウスという若い社長はどうなっただろう。
ミッドガルの側にも気になるところは色々あった、けれど。もしその対象が大空洞で、あのバリアが消えているとすれば。此処にくる前に忘らるる都で見た光景を思い出す。
「大空洞、行ってみる?」
ティファがそう声をかけて、クラウドが頷いた。
操縦士の男はクラウドの言葉に従って、飛空挺を旋回し始める——ほぼ先ほどいた場所へ逆走することになる飛空挺が180度旋回する最中、沈みかけた太陽から真っ直ぐに赤い光が飛空挺に差し込んで、思わず左手で目を覆って瞳を閉じる。すぐに太陽は飛空挺の影へと消えて、代わりに見えたのは星が瞬き始めた薄暗い空。
「もう、こんな時間……」
「大変な一日、だったね」
わたしの呟きにティファが返した。今更ながらに、朝から古代種の神殿へ赴いてそのままウェポンとの戦闘と、随分な長距離移動を繰り返していたことに気づかされる。
「皆さんは休んでください、ダイヤウェポンとの戦闘で疲れているでしょう」
操縦は任せてください、と笑う彼に少し申し訳なさもあるけれど、戦い続きのこの旅で無理は禁物だと皆理解している。よろしくね、と一言告げると彼らをコックピットに残して、ぞろぞろと皆で個室へと戻っていった。おやすみ、と死にそうな声で言うユフィに手を振って部屋に戻ると、途端に体を包む倦怠感に、どさりと倒れ込むようにベッドに寝転がってそれなりに大変だった今日一日を振り返る——
(……わたしって結局「何」なんだろう?)
人間でもない、モンスターでもない。召喚獣に似た、何か。
ウェポンとの戦闘で体調に異常をきたすことがなかったのはあれに「不純物」が含まれていないからだ。星が生み出した兵器、だから。
「……セフィロスと、戦うことになったなら、」
わたしにできることは何だろう。
今日はいつもより気持ちが不安定になっているのかもしれなかった。忘らるる都でのことが尾を引いていて、頭に鈍痛が走る。もう、答えは——終わりは見えているのだから難しいことはあまり考えたくない、のにな。