Get closer and farther



大空洞へ訪れるのはあのメテオが発動した時以来。ただ、それから今までの間も時折この場所を通りがかることがあった。旅の途中にこの大空洞を遠く見かけるたび、半球状の透明なガラスのような何かがこの場所を厚く覆っているのをどこか不思議な気持ちで眺めていた。


「セフィロスのエネルギーバリアがなくなっている……」


クラウドが驚いたように呟くのを聞きながら、コックピットの大きな窓から下を見下ろす。バリアの消えたそこはポッカリと、深い穴。その奥にはきっと、セフィロスが、いる。飛空艇ごと中へ入れるか、と尋ねるクラウドに思わず生唾を飲み込んだ。――セフィロスを倒せばホーリーが発動する、なら。


「……いよいよ、なのかな」
「……そのようだな」


抑揚のないヴィンセントの声が、わたしの呟きに答える。
最終決戦を前にして、体が強張るのを感じた――心の準備はまだできていない。昨晩考えたこと、わたしの体のこと、たくさんの不安が浮かんでは消え、冷や汗が一筋、頬を伝う。


本当にわたしは、わたしたちは。今度こそセフィロスを止めるために、最後の、決戦に――静まりかえったコックピットの中で誰もが緊張したような表情を浮かべていた。わたし自身の、唾を飲み込む音がごくりと耳に響く。


けれど、その時再び、ケット・シーの様子がおかしくなって、昨日と同じ、怪電波を受信した時の警告音がまた、船内に響き渡った。もう誰もそれに動揺することはないけれど、再びの出来事に――旅の終わりが見えてきたこのタイミングでの出来事に、どこか苛立ったようにバレットが口を開いた。


「おいケット・シー! 今度はなんだ?」
「ちょっと待ってくれ!スカーレット! ハイデッカー! どうなってるんだ?」


いつものひょうきんな話し方とは明らかに違う口調は、ケット・シーの向こうにいる『彼』を思い出させて――コックピットの中は一転して、緊張に包まれた。ケット・シーが焦ったり怒ったりしているのを見るのは初めてではなくとも、こうして『彼』が演技を忘れるほどに動揺しているところなんて、見たことがなかったから。


「ミッドガルで何かあった…?」


呟きに答えるように、ず、ず、とノイズが響く――ケット・シーが持っている、トランシーバから。いつものケット・シーのような話し方をする彼が――リーブが、スカーレットやハイデッガーと何かを言い合っている。少しずつ明瞭になる声に耳を澄ませて、何を言っているのかを理解した瞬間思わず、固まった。


――そ、そんなことはどうでもいいんや!魔晄炉の出力が勝手にアップしてるんや!」
――ちょ、ちょっと マズイよ、それ!あと3時間は冷やさないとダメ! リーブ、止めなさい!」
――それができないんだよっ! 操作不能なんや!


二人の言い争う声が、静まり返ったコックピットに響き渡って、誰も状況を読み込めずにいるうちに、ぴたりと流れていた音声が止まって。魔晄炉の出力が勝手に上がっているとして、そしてそれがよりによって――宝条の手でなされているとして。なんのために、どうして。一体何が、起ころうとしているのか。何もわからないわたしたち。


「おい! ケット・シー! なんとかしろ!」
「どうしようもない。宝条が勝手にやってることだ……?…?…? ア、アレッ!?いや…ことなんや……」


ようやく自分の話し方とケット・シーの話し方とがおかしいことに気づいた『彼』が取り繕うようにそういったけれど、バレットはそれを聞いて鼻で笑った。


「もう、とっくにバレてるよ。リーブさん!いまさら正体隠してもしょうがねぇだろ?」


バレットの揶揄うような声――一応、彼の名誉のために彼の正体については黙っていたけれど、みんな気づいていたのか。そりゃあ、そうだよね。上役ばかりの会議をあれだけ盗聴していて、あの中にまともな人なんて彼しか、いなかった、わけだし。ケット・シーは照れたような、困ったような顔で顎を掻いている――中にいる彼の癖なのかもしれなかった。


「魔晄炉、止められないのか?」


クラウドの言葉にケット・シーは俯いてしまう。少し穏やかな空気が戻ったように見えたこの場に再び緊張が漂いだす。


「……止められへんのや」
「おまえ、神羅の人間だろ? どうして無理なんだよ!」
「…………」
「てめえ、ここまで来て、オレ様たちを裏切ろうってんじゃねえだろうな!」


何も言わないケット・シーにどこか剣呑な雰囲気が漂って、ケット・シーは苦しげで、それに居た堪れなくなって、口を開いた。


「……何か、事情があるの?」
「事情、だと?」


シドは直情的だけれど、理性的なところもあると、思う。わたしの言葉にふ、と冷静になってそう繰り返す彼はきっと何かを考えている――彼も科学にはわたし以上に詳しいのだから、何か思い当たることがあるのかもしれない。バレットはなおもイライラしたような表情を浮かべていて、他の皆は不安げにその様子を見守っていて。


「……魔晄炉の設計には、詳しくない、けど。止められない理由が、ある?」
「……ユリアはんの、言う通りや……」


ケット・シーは項垂れたまま話し続けた。


「どういうことだ? バルブを閉めればいいんじゃねえのか?」
「そや、魔晄炉のくみ出しバイブのバルブを閉めるのは簡単や……でもな魔晄炉はエネルギーが地中から抜け出す道をあけたんや。一度あけたら出るモンが枯れるまでふさぐことは無理なんや……どんどんわき出るエネルギーを無理にふさいでしまうとやな……」
「爆発か!!」
「壱番魔晄炉が爆発した時とはケタ違いの大きさや!」


止めればいいなんてそんな、単純な話ではない。説明を聞けば明らかで。動揺が広がる中でケット・シーは懸命に叫び続ける。


「それよりキャノン砲や。ミッドガルに行かなアカン! それが先決なんや!!」
「宝条を……だな」


ケット・シーが懇願するようにお願いしますと頭を下げるのを横目に皆で頷いた。


「……とにかくキャノン砲を直接止めれば、魔晄炉をどうこうする必要もないんだよね?」
「その通りや、急がなアカン、この出力でエネルギーを貯めたら1日とかからずエネルギーは満タンや……!」


ケット・シーが――リーブがそう言うのならきっとゆとりはそうない。大空洞へ着陸しようと高度を下げていた飛空挺はその速度を落とし、やがて止まると再び浮上を始める。ケット・シーが小さく安堵のため息を吐いた。


しかしその瞬間、再びケット・シーの表情が変わる。どうした?クラウドが尋ねるのにケット・シーは何も答えず、代わりにトランシーバの向こうからまた、リーブやハイデッガーや、スカーレットたちの話し声が流れ出した。


――クラウドたちが来てくれるそうや。邪魔しないでくれよ!
――ガハハハハハ!バカなことを言うな! おまえに命令される覚えなどないわ!


不穏な空気が流れ出す――此処ではなく、神羅カンパニーの、本社から。
ここでわたし達と神羅が、ハイデッガーが敵対する理由など一つもない。それは彼もわかっているはず。しかし彼はリーブのその言葉に従う様子を見せない。それどころかトランシーバの向こうからは信じられないような会話の応酬が流れ出すと、わたしたちはただ唖然としてその様子を伺うことしかできない。


――治安維持部門は総力をあげて あいつらを撃退してやる!あ、あいつらのせいでオレは……オレはなぁ!
――そんな個人的なことを……
――社長は死んだ! オレはオレのやりかたでやる!ガハハハハハ!」
――キャハハハハ!ハイデッカー!例の新兵器、使うわよ!」


おい、まて、と叫ぶリーブの焦ったような声の向こうに遠ざかる、二人の男女の笑い声。ケット・シーがリーブの言葉を引き継いだ。


「でも!!でも、来てくれるよな!」


ケット・シーは、必死の形相を浮かべていた。
ハイデッガーもスカーレットもきっと宝条を止める気はない――わたし達を邪魔することで頭がいっぱいだから。だからわたし達が行かないときっと、宝条を止めることはできない。そして宝条を止めなければ、冷却していないキャノン砲がどうなるかは、分からない。


飛空挺は大空洞から出て空へと上昇を続けていた。皆の思いは、ひとつだった。


「もちろんさ!」


クラウドが皆を代表して力強く頷く。それを聞いたケット・シーは今度こそ安心したように笑って、トランシーバの向こうから響いていた抵抗するような物音が穏やかになった。ケット・シーは自分からそれを取り出して電源を落とす。


上昇しきった飛空挺はようやく、ミッドガルへと進路を180度変えて動き出した。