Same old love



「…エアリス、ヴィンセント、レッドXIII」
「あ、ユリア、きたね。いこっか?」
「他のみんなは?」
「クラウドたちは先に行ったよ。二手に分かれて山を越えるんだ」
「…なるほど」


昨晩は何を言うでもなくそのまま宿に戻ってきて、そのまま眠った。浅い眠りだったので朝方早くに起きてしまって、食事を取ってのんびりと過ごしたあと、店が開く時間になってやっと旅の支度を整える。武器や防具、アクセサリを売る店はなく、必要最低限の消耗品や洋服などを簡単に購入して待ち合わせ場所だった神羅屋敷の奥——ニブル山の入り口の方へと向かうとそこにいたのはエアリス、ヴィンセント、レッドXIIIの3人だった。遠距離攻撃のヴィンセントにおそらく近距離型のレッドXIII。エアリスは戦闘補助だろうか、手に持ったロッドは戦闘に向いているようには見えない。


「ユリア、武器、ないの?」
「この街にはなくてね」
「…装備もなしに山が越えられるのか?」


訝しむような声色のヴィンセントに、思わず苦笑いが溢れた。視線を外して、自分の体を見下ろす。偶然付けっ放しであったミスリルの腕輪にはマテリアが2つ取り付けられている。炎と風の黒魔法。風の魔法はスピラにはなかったので新鮮だった。たしかにロッドがあれば戦いやすいには違いないが、魔法を唱えるには問題はないし、武器がなくとも十分戦えると思う。


「戦いには支障はないよ」
「…あまり無理はするな」


心配されているのかな?
意外なその言葉に思わず瞳を瞬かせた。


「ありがとう。そろそろ行こうか?」
「うん。しゅっぱーつ!」


楽しそうに右手を振り上げるエアリスに続いてニブル山へと足を踏み入れた。




ニブル山、という名前は聞いたことがあった。たしか、魔晄炉が初めて作られた場所。こんなに辺鄙なところにあったんだ、と少し不思議な気持ちになった。でも確かに、ミッドガルのような巨大都市を作るにはまずこういう田舎で実験的に作って、それから安全性を確認するしかないのかもしれない。——実際この街はもう、ないようだし。


歩いてみると、魔晄が取れるだけあって、草木が茂っているというよりはむしろ、ごつごつとした硬い岩山だった。歩けそうな部分はそう多くなく、不安定な足元に気をつけながら慎重に足を進めてゆく。途中で出会うモンスターたちは幸運にも炎や風を弱点に持ったものが多く、戦闘も問題はないみたいだ。


「ユリア、すごい!わたしのエアロラとユリアのエアロ、威力変わらない、ね?」
「そうかな?役に立ててるならいいけど」
「役に立ってるどころじゃないよ、オイラが攻撃に行くより前にモンスター倒しちゃうんだから!」


レッドXIIIは楽しそうにしていた。この辺りの敵はミッドガルと比べればずっと強いけれど、ナギ平原のそれほどではなさそうだ、と心中で分析する。ヴィンセントも冷静な表情で銃を手入れしていた。


「ね、ユリアのいたところは、どんなところだったの?」
「…スピラ?生きてたころ?わたしが?」
「そうそう!」
「あ、それ、オイラも聞きたい!」
「どう、だろう。機械が禁止されていたから、こことは随分違っていたけど」


エアリスやレッドXIIIはスピラのことを信じてくれているんだ。
それが少し嬉しかった。スピラとこの世界の違いは、文字から始まってスポーツ、服装、住んでいる人の顔立ちなど様々。興味津々に聞いてくれる二人に答えているとあっという間に時間が過ぎて。


「この洞窟、降りるのかな?」
「…たぶんね。降りたら下でテントを張ろうか?」
「うん、たしかに。もう夕方、だね」


ハシゴは全て降ろされている。先にクラウド達が行ったようだから、彼らは既にここを通ったんだろうな。そう思いつつゆっくりとしたへ降りてゆく。魔晄炉の跡地と思われるそこは、ところどころ傷んだり床が抜けたりしていて危ないけれど、全く人が渡れないという風でもないよう。1時間ほどで一番下までたどり着くと、少し開けた空間にテントが張れそうだ。周辺のモンスターをあらかた追い払うと、買っておいたテントを広げる。


「2つあるから、わたしとユリア、いっしょでいい?」
「そりゃあそうなるよね。オイラはヴィンセントと寝るよ」
「おやすみ」


ヴィンセントは無言のまま、重そうなマントを揺らしてテントの向こうへと消えていく。それをレッドXIIIが追いかけて、しっぽに光る赤い炎がゆらゆらと揺れていた。エアリスと二人になったわたしも、自分の方のテントへと歩いてゆく。


「ね、ユリア。クラウド、苦手?」
「…それは」
「ずっと聞きたかったの。やっと二人になれたから」
「…」


エアリスは答えづらいだろうと待っていてくれたんだろう。この子が優しくて強い子だというのはまだ出会って2日目のわたしにもよく伝わってきた。多分エアリスはわたしを心配してくれてる。けれど、どう答えたらいいのか、分からなかった。


「…苦手、なのかな。分からない。よく知らないし…でも、なんか、変な感じする」
「…そっか」
「昨日ちょっと会っただけなのによくわかったね」
「…星の声が聞こえるなら、そうなんじゃないかなって、思ったの」
「…エアリス」


クラウドの近くでは、あの「声」が怯えたように——そう、セフィロスに会ったときのように変わる。たしかに、だからなるべく近寄らないようにしていた。昨日だってクラウドから一番遠くに座ったし、話したのもほんの一瞬。だから、気が付かれているとは思っていなかったけど。


ふと、気がついた。
エアリスは星の声を聞くのに、クラウドのとなりをずっと歩いていた。


「エアリスはもしかして何か、」
「ユリア」


エアリスはわたしの言葉を遮るように名前を呼んだ。笑っているけど、少しだけ切なそうで。


「…ごめんね」
「…ううん、大丈夫」


その笑顔に見覚えがあった。まるで、自分の気持ちに戸惑っているような、何かに揺れる、そんな表情。気になって、口を開く。


「エアリスはクラウドが好き?」
「…どう、だろう。でもね、似てるの」


初めて好きになった人に。
——初めて、好きになったヒト。いつもわたしを案じてくれた——最後にはわたしを呪って、そのまま死んでいった、大切だった人を表す言葉。でもエアリスにとってそれはとても…美しい、記憶なんだとわかる、表情。恋をする女の子の顔。


「初恋の人の話、聞きたいな」


そう言えば、エアリスは嬉しそうに口を開いてたくさんん話を聞かせてくれる。ソルジャーだったこと、初めて会った時と服装が違うのは彼との約束だったこと、——もう、星へ還ってしまったこと。たくさんの、幸せな感情。ひととおり話してから、エアリスは言った。


「わたし、ザックスのことこんなに話したの、初めて」
「そうなの?」
「うん。やっぱり、同じだから、かな?ユリアとわたし」
「同じ…声を、聞ける?」
「…そう。そういう人、いままでいなかったから」


相変わらず小さく聞こえるその声は、声というより「音」と言った方がいいくらいには微かで意味の分からないもの。


「エアリスには、意味が分かるの?」
「…ううん、全部は分からないよ。でも、なんとなく分かることもある、かな」
「…そっか」


それでも、全く聞こえない人と聞こえる人では、見える世界はきっと違う。
エアリスが最初からわたしに警戒せずにいてくれたのは、「同じ」だと思ったからなんだろう。星の声を聞く、セトラの末裔。きっと星の命を使って生きるこの世界にとってそれは重要な意味がある。彼女のことはまだよく知らないけれど、その強い瞳からはそれが察せられた。


それは、本当のことを言えばわたしだって同じだった。この世界で初めて出会った女の子。もう二度と会うことはないと思っていたのに、5年ぶりに偶然再会を果たして。でもきっと、これは意味のあることなんだ。同じ世界を見ていて、同じ声を聞いていて。わたしの話を最初から信じてくれている。エアリスを特別に思うには十分だった。


二人の小さな笑い声がテントの中に響いて、やがて闇に溶けていった。