No one is alone here.



飛空挺は全速力で、ミッドガルに向けて移動を続けていた。
到着したら、間違いなく戦闘になるだろう——全くもって無意味なことではあるけれど、ハイデッガーとスカーレットがわたし達を待ち構えている、ようだから。いくら彼らがこの世界の危機の中で個人的な私怨を優先するような愚かな指揮官であったとしても、神羅カンパニーの技術力の高さはこの旅でも何度も見せつけられてきたし、彼らはその兵器開発の責任者でもあるから、決して油断はできない。皆それぞれに武器の手入れをして、戦いに備えていた。


「……近づいては、離れて、大忙しだね」
「そう、ね。セフィロスはもう目の前なのに」
「……メテオはまだ、大丈夫かな」
「時間は刻一刻と迫っているがな」


クラウドはバスターソードを撫でながら、呆れたようにため息をつく——気持ちはわたしにも、よく分かる。ようやく星を救う手がかりが見出せたと思ったのに、再びミッドガルに逆戻り。飛空挺ではミッドガルと大空洞の往復にもそう時間は掛からないと言っても、空に輝くあの赤い光はまた一回り大きくなっていた。


旅路の果てもわからなかった頃と違ってこの旅の終わりはもう、見えている。そして同時に、タイムリミットも。あのメテオが落ちる前に大空洞でセフィロスを倒す。それができればわたしたちの勝ち——星はきっと、救われる。それで人類がどうなるのかはまだ、わからないけれど。そして失敗すれば星もろともわたしたちもまた、消えてしまう。


いざ大空洞へ突入しようとした先ほどはどこか怯えさえ感じていた。今はそれが少し遠かったことに安堵の気持ちがないと言えば嘘になるけれど、それでも終わりの時は着実に近づいているのだと思えば、一度見えた目的地を再び離れてゆくこの船に焦りを覚えるのもまた、事実。そんなわたしや、皆の思いを感じ取ってかケット・シーはひどく申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「……今神羅は指揮系統が乱れて、ハイデッガーとスカーレットが暴走しとる……宝条にその隙を突かれてしもうたんや……」
「そっか……」
「すみません……も〜ちょい、ボクがしっかりしとったらこんなことにはならなかったのに…」
「……ハイデッガーもスカーレットも、あんな感じじゃあ、ね……貴方のせいだけでは、ないとおもうけど」


神羅カンパニーも突然のトップの死に、混乱しているのだろう。たくさんの出来事に頭が着いていかない部分もあるけれど、ウェポンがあの神羅ビルを光弾で撃ち抜いたのはつい、昨日のことだった。社内、特に上層部の混乱は、リーブとふたりの言い合いからも感じとることができた。そんな中でハイデッガーやスカーレットが社内の実権を握ってしまえばどうなるかなんて、予想はそう難しくない——彼らはとても、人の上に立てるような人物には見えないし。


プレジデントが死んだ時は——あの時も突然だったけれど、それでも次期後継者だったルーファウス神羅がいて、わたしが眠っている間に就任式典もやったというから、彼がどうにかしたのだろうと思う。何度か見たことのある薄い金髪の恐ろしいくらいに整った美貌を思い出す——冷たい瞳はけれど威厳があって、上に立つ者であることを聞かずとも感じ取ることができた。けれどそのルーファウス神羅も、もういない。


「リーブさんよ、お前も大変なんだな」
「……バレットはん……」


どこか同情的な言葉を掛けるバレットにケット・シーは驚いたようにぽかんと唇を開いた。この猫のぬいぐるみは決して可動部位が多いわけではない割に生き生きと表情を変える。奥にいるのがあの穏やかそうな紳士なのだとはとても思えない明るいケット・シーのことを、きっともう誰も憎んでも嫌っても、恨んでもいない。そしてケット・シーも、クラウドたちが、わたしたちが行けばきっと大丈夫だと、信じてくれている。緊迫した状態の続いていた飛空挺にようやく、元の空気が戻り始めていた。


飛空挺はそう時間もかからず、ミッドガルへ戻るだろう。
本社に侵入して、宝条を止める。おそらくリーブを助け出す人も必要。メンバーを話し合うクラウドたちを尻目にふと、疑問に思ったことをぽつりと呟いた。


「宝条はどうして、そんなことを……」
「そうだよ。研究だけしてればよかったのに」


同調するようなレッドXIIIの尻尾がひょこひょこと揺れる。
答えを返したのはすぐ隣に立っていた男だった。


「宝条……不幸な男」
「ヴィンセント?」


彼はどこか遠くを見つめて話し出す——その表情には見覚えがあった。過去を思い出している時——それも、もう決して戻らない、彼が大切にしていた、そう、彼女との過去のことを思い出す時の、顔をしていた。


「科学的センスのなさ……そしてつきまとう天才ガスト博士との比較……ルクレツィアは宝条を守ろうとしてあいつを選んだ……」


赤い瞳の奥にはきっと、彼女の幻影が映っている。あの祠で一人悠久の時を過ごしていた彼女——わたしがどれだけ望んでも決してなれない彼の一番大切な場所を永遠に支配して、けれど彼に心を渡すことはしなかった残酷で美しいあの、女性。


ルクレツィアという女性はどんな思いで宝条を結ばれたのだろう。ヴィンセントが愛していたという彼女は、どんな人間だったのだろう。祠で出会った彼女の全て壊れてしまったような虚な瞳を、思い出す。ジェノバ計画ではセフィロスの次に大きな失敗の責を負って、あの場所でずっと、死ねない体を抱えて時を止めていた人——事実だけを述べれば、彼女はどこまでもわたしによく似ていた。


「……すまない、」
「謝らなくても、いいよ。……宝条はそれでも、ダメだったんだね……」


ガスト博士ではなく、宝条をたった一人に選んだ一人の女性がいたとしても、彼にはそれだけでは足りなかった。こうして誰の願いも、誰の想いも報われないまま、全て狂ってゆくのだろうか。誰もその狂った歯車を止めることもできず、堕ちてゆくばかりなのだろうか。


「……ルクレツィアさんは、宝条を愛していた?」


わたしからヴィンセントに、彼女のことを尋ねたのは初めてのことだと思う。少し驚いたように瞳を瞬かせてヴィンセントはわたしを見つめた。


——受け入れたいと、そう思ったときからこの胸の痛みは覚悟している。それ以上にヴィンセントのことを、ヴィンセントが抱えている思いのことを知りたかった。それがさらにわたしを傷つけるものだとしても、それでも。


わたしの思いが通じたのかそうでないのかは分からないけれど、ヴィンセントは少しだけ表情を緩めて、わたしの問いに答える。


「……どうかな。私はただの護衛だった、彼女の本当のところは私にも分からない……それが同情だったのかそれとも、」


傷ついたような光が赤い瞳に宿って、言葉が途切れた。昨日彼がわたしにそうしたように、そっと彼の右手を包み込む。彼はまたすまない、と一言呟いた。


「……大丈夫、だよ」


思いが実を結ばなかったとしても。
少なくとも貴方もまた、決して一人ではないのだと、それだけ伝わればいい。