Coming home



パイロットがミッドガルへの到着を告げて、皆で窓の下を見下ろす。最上階はダイヤウェポンの攻撃の爪痕が生々しく残されたままで、シスター・レイの巨大な砲台がちょうど飛空挺の——その先にある大空洞の方角を向いたまま放置されている。さらにその下を見ればプレートの上の街は今も煙が立ち上って、人が生活していることを表しているのに、8つに区切られたピザの一枚がぽかりと、抜け落ちていた。それが何を表しているのか、痛いほどに知っているわたしや、ティファや、バレットはそっと窓から視線を逸らす。——ここで誰かを、例えばケット・シーを責めたところでなんの意味もないと分かっているから。


「クラウド、着いたといっても ミッドガルは、げん戒体勢だ! スラムからは侵入できねえぜ」
「スラムからの交通機関は完全封鎖みたいよ……」


着陸場所を考えて皆がそう話し合う——多分方法は一つしかない。なんのためのハイウィンドだ?と自信たっぷりに笑うシドにクラウドがうなずいた。


「よし! パラシュートでミッドガルに降下するぞ!!」


ちょうど八番街の上空で動きを止めた飛空挺。パラシュートは倉庫の中だとシドが告げると、船員たちが持って来ますと数人コックピットを出て行き、程なくして人数分のパラシュートを持って戻ってきて。渡されたそれにすこし、困ってしまう——空を飛ぶことなんて今まで一度もなかったんだから、パラシュートだって当然使ったことなんか、ない。


「お前ら、使い方はわかるか?」
「……まあ、なくてもわたしは別に死ぬわけではないから……」
「ユリア……」


分からないことを遠回しに告げるとどこか呆れたような眼差しが突き刺さって、思わず瞳を彷徨わせてしまう。隣でパラシュートを着用していたヴィンセントがため息をついてわたしからそれを取り上げて椅子の上に乱雑に放り投げた。


「私が抱えて飛ぼう」
「…へ?」


思いも寄らないヴィンセントの申し出に思わずぴたりと、固まった。それに反応したのはわたしよりもむしろティファと、飛空挺の中ではいつも静かにしているはずのユフィの二人で。


「いーじゃん!ヴィンセントと二人でスカイダイビング!」
「は?お前らいつの間にそんな関係になったんだよ」
「バレット気づくの遅いよ。ねっユリア?」


いや、えっと、うん?戸惑いの中で周りを見渡すけれど、クラウドは冷静に慣れてないならそれがいいだろうとうなずいているし、ケット・シーやレッドXIIIは楽しそうだし、シドは興味なさげにパラシュートを装着している、し。


——ついさっきまで『彼女』を思い出して憂い顔だった彼がどうして突然、そんなことを言い出したのか分からない。深い意味なんて、ないのかもしれない。周りがただ騒ぎ立てているだけで。でも、突然の彼の提案にわたしの心臓は痛いくらいにばくばくと、音を立て始めた。それを誤魔化そうとなんとか、口を開いて。


「……じゃあ、よろしく」


無表情のヴィンセントが頷いた。





甲板に立って、彼のつけていたハーネスと自分のそれとを繋いで、後ろから抱きつかれる格好でミッドガルの街を見下ろす。体温の低い彼の、筋肉質な硬い胸板を枕のように後頭部にぴたりと付けて、準備はいいか、と尋ねる低い声に小さく震えてしまう。ふ、と静かな笑い声が耳を擽って、首を捻ると、間近に見える彼の薄い唇が緩く吊り上げられて、赤い瞳が穏やかにわたしを、見下ろしていた。


「……お前は何もしなくていい。落ち着け」
「……う、ん……」


この状況で冷静でいられる人なんて、いる?心の中で呟いた。すぐそばで感じる彼の息も、鼓動も、どこまでも穏やかで、平常のまま——タークスだった彼ならこのくらいのことにはもう、慣れきってしまっているのかもしれない、けれど。


「行くぞ!!」


クラウドの掛け声に合わせて皆が空中へ重心を倒し、重力にしたがって地上へと吸い込まれてゆく。そして、わたしたちも。


「いいか」
「……うん」


ふわりと、心臓が浮かび上がるような感じがして、それから景色がどんどんと、変わってゆく。真下に見えるプレートがどんどんと近づいて、加速を続けて。気を失ってしまいそうな速度になった頃にばさりと、大きな音が耳元で響いた。


「っ、パラシュート、開いた?」
「……ああ」


上に引き上げられるような強烈な浮遊感ののち、落下速度が突然穏やかになる。それから間近に迫っているように見えた地上にたどり着くには思いのほか時間が掛かった。すぐそばをふよふよと浮遊しながら落ちてゆく他の皆を視界に留めながら、本社ビルの窓ガラスの向こうを眺めると、午前中にも関わらずぽつぽつと暗い部屋が目立つ。


「……神羅は、大丈夫なのかな」
「……どうかな」


ヴィンセントは無関心にそう言うけれど、それは言葉にするよりもずっと重いことだ——この世界から神羅がなくなってしまえばきっと、世界中の人が少なからず困ることになる、だろうし。とん、と軽い衝撃と共に足が地面に触れると、少し離れたところでケット・シーが手を振っている。彼はおそらく今もまだ神羅カンパニーに残っている、そう多くはない社員の一人。


「……まあ、とにかく魔晄キャノンだよね」


一人、自分にそう言い聞かせて頷いた。ミッドガルのことや、魔晄のこと、神羅のことや、これからのこと。——わたしのことと、ヴィンセントのこと。気を抜くと考え込んでしまいそうな一つ一つは、この戦いが終わってからでもきっと間に合うから。少なくとも今は戦いに集中しよう。メテオが落ちて星が滅んでしまえばそれもこれも全部、無意味なわけだし。


「ハイデッカーがみなさんを狙ろてますんやそやから外は危険です。地下を通りましょ!」


ケット・シーの言葉にうなずくと、デブモーグリを操るそれは地下への入り口をこじ開けた。開いた穴を見つめながらバレットが口を開いた。


「オレが言うとへんだけどよ……ミッドガルに来ると家に帰ってきたって気がしちまうんだよな。ケッ、だぜ」
「……私も、同じかな」


ティファが同意して頷くのを見て、あたりを見渡した。
——プレートの上の街。ミッドガルに住んでいた頃には怖くて近づくことさえできなかったそこに今立っている。家に帰ってきたとは思えないけれど、あのとき忌避していたこの場所は思ったよりも普通の街のように思えた。


「……この街から始まってまたここに戻ってきて、随分と遠くまで、きたよね」
「ああ、そうだな……」


クラウドが何かを噛み締めるように頷いて立ち上がる。行くぞ、そう告げる声に頷くと、ケット・シーが先陣を切るようにダクトの向こうへと吸い込まれて行った。