Stronger



ビルの地下は薄暗くジメジメとしていてそこら中から異臭が漂っている。ウェポンの攻撃の影響かあちこちが壊れてばちばちと放電し、水道管と思しき太いバイブは穴が空いて水が溢れていた。この状態ではきっとプレートの上の生活にも支障が出ているだろうに周辺には全く人気がない。時折全自動で動いていると思しき神羅製の機械が徘徊し、モンスターを攻撃していることを除けば全くの無人だった。薄暗い道を、案内役のケット・シーと、クラウド、ティファ、ヴィンセントとわたしの5人で歩き続ける。

「……こんな状態の場所を放置してるなんて、神羅もめちゃくちゃね」


私の、そして恐らく皆の思いを代弁したのはティファだった。案内役のケット・シーはそれに頬を掻くような仕草をする。


「スカーレットもハイデッガーも街のことには全く興味あらへんのや……本体が動けばよかったんやけど……」
「リーブは今大丈夫なの?」
「心配しないでください。こっちはこっちで色々な手筈、整えてますんで」


彼がそう言うのなら心配はいらないだろうけれど。……バレットたちも向かっている、ことだし。ケット・シーは複雑に入り組んだこの地下を迷いのない足取りで進んでゆく。仮に本体が閉じ込められているとすれば、この場所の地図が手元にあるわけではないのだろうし、都市開発部門でトップをやっているというのも伊達ではないなと感心してしまう。


「もうわたし、どこから来たのかわからなくなってきたよ」
「ユリア、それは流石にちょっと早いよ……」
「うーん、道を覚えるの、苦手で……」


梯子を降りたり登ったりして、ダクトを抜け、螺旋状に繋がるトンネルにたどり着いた頃にはもう、自分が今どこを歩いているのかもさっぱり分からず、道案内のケット・シーの後ろを歩きながら遠くに動く機械にサンダガを唱えることを繰り返すことしかできなくなっていた。区域ごとに書かれた数字が増えたり減ったりするので、これを目印にしているのかもしれない。


「ケット・シーは此処によくくるの?」
「そんなわけあらへんやろ、整備の時しか通らん道やで」
「でもその割には迷いがないよね」
「まあ、一応ミッドガルのおおよその地図は頭に入っとるから……」
「スラムもか?」


わたしとケット・シーとの会話に不意にクラウドが割り込んだ。せやけど、と返すケット・シーにティファが笑う。


「リーブさん、ミッドガルのことが大好きなのね」
「……大好き、っちゅーか……仕事なだけですわ」


びっくりしたような、戸惑うような、けれど照れた、ような。そんな声色で、ケット・シーはまた頬を掻いて、顔を逸らした。


「……神羅もあなたみたいな人がトップだったらもう少し、違ってたかもしれないのに」
「ボクはそういうの、向いてへんよ」
「そうかな?」


まあ、そうなのかもしれない。上に立つには少し優しすぎるような気もした。






少し穏やかになった空気の中、螺旋階段を雑談しながら進んでいると不意に後ろから声が聞こえた。


「あ、来ちゃった!」
「……イリーナ?」


聞き覚えのある声に振り返ると、スーツ姿のイリーナが金髪を揺らして駆けてくる。その後ろにはレノとルード——この旅の間何度か見かけた、タークスの3人の姿。思わず複雑な表情を浮かべてしまう。この街を助けに、きたのに。彼らが命令を従わなければならないだろうトップはもういなくて、神羅も毀壊寸前なのに。


「どうするんですか、先輩! もう、命令なんてムシしていいと思うんですけど」
「……イリーナ。あまえるなよ、と」
「俺たちはタークスだ」
「……わかりました。そうですよね」


3人の会話はこのもの静かな螺旋トンネルの中では少し離れたわたしたちのところまで筒抜けだった。サングラスをかけたルードがそれに手を当てて此方へ目を向ける。


「さて……仕事だ」
「あまり気のりはしないが、と」
「私たちに与えられた命令は あなたたちを発見しだい…………殺すこともう会社はボロボロだけど命令は命令なの。タークスの意地と心意気! 受け取りなさい!」


どこか気乗りしないその言葉。クラウドやティファは微妙そうな表情を浮かべてなかなか戦闘態勢さえ取ろうとせず、ヴィンセントは無表情のままで。ケット・シーはオロオロとタークスとわたしたちを見比べていた。


——タークス。七番街プレートを落とすスイッチを押したのは彼らなのだと聞いていた。そのスイッチ1つのためにこの5年の間に出会った人々は皆、消えてしまった。店によくきてくれた人たち、マテリアを売ってくれた主人。皆それぞれにいい人で、優しくて、ミッドガルにきたばかりの頃の、常識も何も分からずに戸惑うばかりだったわたしにとてもよくしてくれた人たちだった。もちろん命令を下したのは社長なのだろうし、そうであれば彼らがやらずとも誰かが、やったのだろうけれど。


「な、何をしている! 行くわよ!」
「……イリーナと、レノと、ルード、だったっけ」


わたしが口を開くと、クラウドとティファが驚いたように振り返った。そうだ、とルードが肯定を返すのに、わたしは言葉を止めずに話続ける。


「……プレートを落とすことには多分、なにか大義があったんでしょ。プレートの上も下も、わたしの家も何もかも壊して……みんな殺しても、アバランチを根絶やしにする方が大事だ、とか」
「……何がいいたい」


レノが顔を顰めて言う——仲間うちで話していたときよりも随分と低い声だった。怒りか、悲しみか、何かを押し殺したような声色。ルードがレノを心配そうに見つめて、レノは力が抜けたような笑顔を彼に返す。そうやって彼らも、仲間と支え合って生きてきたのだろうとわかった——彼らもまた、わたし達と同じように此処で、この世界で生きている。どうしようもない大きな力に逆らえずに、悩みながら、きっと、苦しみながら。


「……今はどういう理由があって、ここにいるの?」
「用件を言ってくれよ、と。戦う気がないっつーことか?」
「そうだよ。だって貴方達が会社の命令に従う理由なんて一つもないでしょ?此処で邪魔をして誰が得をするの?」
「何よ、私たちはタークスなんだから神羅の命令が絶対で、」
「待て、イリーナ、と」
「せ、先輩! まさか命令違反を……!」


割って入ったイリーナを止めて、レノは私に向き直った。ソルジャーのそれとはまた少し違う、透き通った青い瞳がじっと此方を見つめている。その瞳には怒りよりもむしろ、悲しみが読み取れた。その色はわたしのそれとよく、似ていた。


「ユリア、だったか?」
「うん、そうだけど」
「……返す言葉もねえぞ、と。俺たちはタークス、イリーナのいうように会社の命令は絶対だ、だが……」


先輩、と小さく呟くイリーナの声に、レノはどこか遠くを見るような仕草をした。
——なんとなく、だけれど。プレートを破壊したのはこの、レノなのかもしれない。その時八番街にいたわたしは、アバランチともタークスとも無縁だったわたしはその時のことは他の皆に聞いた以上のことは何も、知らないけれど。


不思議と彼らを憎む気持ちは、湧かなかった。
そんなことをしても仕方ないとわかっているからかもしれないし、この世界にそれほどの執着がなかったからかもしれないし、彼らに同情、してるのかもしれない。自分でもよく、わからなかった。


「俺たちは社長の部下だった。その社長が死んだ今、神羅も、もうおしまいだ。こんな事態になっちまっちゃな、と」


どこか不思議な縁だった。旅の行く先々で会っては、味方だったり、敵だったり。けれどもう、彼らと敵対する理由はない、はずだ。神羅はもうないも同然なのだから。


「イリーナ、お前もりっぱにタークスだったぜ、と」
「……」
「じゃあな。おたがい生きてたら……命あってのものだねだぜ、と」


レノは最後にその瞳をどこか申し訳なさそうに細めてわたしの方を見たけれど、結局何も言わずにくるりと背を向けた。細く伸びるしっぽのような長い赤毛がひらりと揺れて、歩き去ってゆく。イリーナとルードもまたそれを追いかけるように背を向けて、そのまま3人とも螺旋の向こうへ消えていった。


「……タークスが仕事放棄するところ、初めてみました」
「私も現役時代そんなことはしたことがなかったな」


ケット・シーの呟きにヴィンセントが答える。


「……あの人たちこれから、どうするんだろう」
「さあな。私たちには関係のないことだ」


先を、急ぐぞ。ヴィンセントの声にようやく、ケット・シーが思い出したようにせや、はよ行かんと!と叫ぶ。先ほどまでよりも早足で、トンネルの続きをまた歩き出した。


「ヴィンセントはどうして、タークスを?」


螺旋トンネルはもうすぐ終わると、ケット・シーの声を聞きながらふと思い立ってヴィンセントへ尋ねる。過去を思い返すように少しぼんやりとどこかを見つめて、そうだな、と呟く低い声。


「……親父が神羅製作所所属の科学者だった。自然と神羅直属の軍事学校に入れられ……あとは流されるままだったが……」
「優秀だったんだろうね」


タークスはソルジャーのような人体改造を受けていないのだという。先ほどいた彼らもソルジャーのあの魔晄の瞳は持っていなかった。きっとソルジャー以上に元々の身体能力が必要とされるのだ——ヴィンセントのそれは間近で何度も、見てきた。


「……どうかな、私は何一つまともに守れたことがない……親父も、」


突然はっとして、現実に戻ったように彼は唇を止める。続く言葉が何なのかなんて、考えなくともわかる。——力はあっても、守れないことはたくさんある。スピラでも、この世界でも。わたしはそれを痛いくらいに知っている。


「……力を持っていても、誰かを守るのはすごく、大変なことだよね」


そっと左手を伸ばして、彼の右手に触れた。前を歩くクラウドたちはそれに気づいていないようで、隣のヴィンセントはそれにびくりと小さく右手を震わせたけれど、やがて小さく握り返してくれる。


「……すまない」
「いいよ、大丈夫」


過去を悔いるのは全部終わってからでいい。