Tremble.



大きな物音が背後から響いた。


螺旋トンネルを抜け、ようやく地下を抜けると日はとうに沈んでいた。プレートの縁に並ぶ8基の魔晄炉から薄く立ち昇る緑に光る煙が、プレートの中央、ビルのすぐ脇に設置された巨大なキャノン砲、シスター・レイをぼんやりと映し出す。宝条のところまであと少しというところで聞こえたそれに何事かと振り返っておもわず、息を呑んだ。


嘘でしょ、小さく呟くティファの声に答えるように中心部分が開いて、奥からは二人の男女が現れる——まともに声を聞くのは初めてかもしれないが、誰であるかは知っている。ガハハ、キャハハとトランシーバから聞こえていたのと全く同じ笑い声を響かせるのは、神羅カンパニーの部門統括、今は実質的に会社を支配しているであろう、ハイデッガーとスカーレットだった。


「よ〜くも今までコケにしてくれたな!」
「私のかわいい兵器たちをたっくさん壊してくれたわねえ!」
「ガハハハハハ! だが、対ウェポン用兵器のこいつはどうかな!」
「お前たちでは役不足だが この私の絶対の自信作!」


わたしたちの言葉になんかまるで興味もない、みたい。二人はこちらの返答の隙なんで微塵も与えずに、言いたいことを言い終えると満足したように再びその球状の操縦席へ消えてゆく。それからすぐに赤いボディに不気味に生える砲台に鮮やかに青い光がばちばちと集まり出したのに嫌な予感を覚えて駆け出した。皆で近くの建物の影へ隠れると、ビームキャノンはそのエネルギーを一気に放射する。


バン、ガシャン、と大きな破壊音が響いた。直撃した目の前の建物がガラガラと崩れてゆく——ウェポンを想定して作った兵器の、威力。街ごと壊しかねない勢いの巨大な兵器に小さく冷や汗が伝った。


「……ウェポン用の兵器を人間相手に使うなんて」
「はよ倒さんと、街が…!」


ケット・シーの焦ったような声が聞こえる——たしかに、彼らはどちらも、街が壊れようが何人死のうが構わずにわたしたちを全員殺すまでこの兵器を止めることはないだろう。


兵器はがちゃがちゃと音を立てながら移動を始め、そう速くないスピードで近づいてくる。壊れた建物の影からでて、そのボディに向けてサンダガを放つと、巨大な雷がボディ全体を駆け抜けて一瞬、動きが止まった。


「ミッドガルを守るためにも、さっさと倒さないとね……!」
「ああ、いくぞ!」


ティファの言葉にクラウドが頷いて、再び前へ出る。
ウェポンを想定して作られただけあって丈夫なその兵器は攻撃も多彩だけれど、こちらはあまり激しい攻撃はできない。アルテマやフレアなんて唱えようものなら周辺の建物ごとめちゃくちゃになってしまうし。


宝条と戦いになった時のために温存しておこうと、思っていたけれど、仕方ない、よね。誰に言うでもなく小さく頷いた。


「ティファ、クラウド、わたしもいくよ…!」
「ユリア!」


ティファの声が聞こえた瞬間、もう慣れつつある体が緑の光に包まれる感覚がして、それから背中に伸びる三対の羽を動かした。


「砲台、どうにかするから!」
「ユリア、すまない!」


クラウドの声を背に、両手で巨大な剣を振り上げたまま、全速力でその機械へと近づいた。落下する重力と合わせて、全身で剣を砲台へと振り下ろす。高温の炎が、砲台の鉄を溶かして、それを切り落とすと、その向こうへ直接右手を突っ込んで、もう一度サンダガを唱えた。ビリビリと大きな音がして機械が大きく揺れる。


「いまだ!」


クラウドの叫びに従って、クラウドとティファ、そしてヴィンセントが攻撃を打ち込んでゆく。ガタガタとした音はどんどんと大きくなってゆき、中からスカーレットと、ハイデッガーの声が響いた。


「バカな!? このブラウド・クラッドが……!?」
「うおおお……!!」


——壊れる。
皆が一斉にその場から離れるとすぐに、機体を中心に巨大な爆発が起きた。どん、と大きな音と、爆風とが周囲の建物や木々を揺らし、爆発の強さに空中に浮遊したままの体にも強い衝撃が走って思わず固く瞳を閉じて両腕を頭の前に突き出した。


「っ、」
「ユリア、大丈夫!?」
「……う、ん……っ」


体勢をなんとか立て直してもう一度前を向くと、巨大な機械があった場所にはバラバラと部品が散乱し、黒こげになったボディからはもう、誰の声も、聞こえない。それを正面に見ながらそっと地面へ降り立って、『召喚』を解いた。


「……スカーレットとハイデッガーは、」
「生存は絶望的だろうな」


ヴィンセントの声は淡々としていた。二人の姿はスクラップになって黒焦げの機体に紛れて、指の先さえ見えない。敵とは言えあまりに呆気ない彼らの最期を何とも言えない気分で見つめてしまう。


ケット・シーが焦ったように遠くでクラウドの名前を呼んだ。——此処へきたのはスカーレットやハイデッガーと戦うためではない。宝条を、止めるため。いつまでも此処にいても仕方がない、よね。


「行こう、ヴィンセント」
「……ああ」


鮮やかな金髪が街灯の下を駆け抜けるのを、少し離れたところから二人で追いかけてまた、走り出した。






「宝条! そこまでだ!!」


シスター・レイの操作台は砲台のすぐ側、ビルの外に吹き曝しのまま設置されていた。梯子を登り、階段を駆け上がるとその操作パネルを弄る低い白衣の男が見えて、クラウドが叫ぶ。男は振り返ってにたりと、気味の悪い笑みを浮かべた。


「ああ……失敗作か」
「名前くらいおぼえろ! 俺はクラウドだ!」
「おまえを見ると私は……私は自分の科学的センスのなさを痛感させられる……私はおまえを失敗作だと判断した。だが、セフィロス・コピーとして機能したのはおまえだけ……クックックッ……自分がイヤになるよ」


イヤになる、などといいながら宝条の声は酷く愉しげだった。何度見てもこの男は気持ち悪くて、ぞわぞわと腹の底から湧き上がる嫌悪感に思わず両腕を摩る。こんな男に体を弄られていたのだと思うとまた吐き気を催してしまいそうなくらい。


「なんでもいいからこんなことはやめろ!」
「……こんなこと?」


宝条は何を言ってるんだ?と言わんばかりの声色でそういって振り返る。おお、これか?と「こんなこと」の指し示すことを理解した彼はまた愉しそうに、笑い声を溢す。


「セフィロスはエネルギーを必要としているようだからな私が少しばかり力をかしてやるのだ」
「なぜだ! なぜそんなことを!」
「なぜなぜとうるさいやつだ、フム……科学者としてはむいているのかもしれないな」


とことん、人間に興味がない男だ。シスター・レイを見る目も、クラウドを見る目も、全く同じ。人間を見る時の目じゃあない。サンプルを見るときの目だった。彼は本当に人に興味がないのだろうと、そう確信を深めるわたしに宝条は再び、口を開いた。


「息子が力を必要としている。……理由はそれだけだ」


その言葉に、誰もが——ヴィンセント以外の誰もが、衝撃を受けて固まった。


「……息子?」
「……セフィロスは、じゃあ、本当に二人の間にできた子供を……!?」


——その可能性を一度も考えなかったことがむしろ不自然なくらいだった。ルクレツィアはセフィロスの母。そして彼女は夫に、この宝条博士を選んだ。わかっている。わかっているけれど。隣にいるヴィンセントは小さく震えていた。あまりにセフィロスと、宝条博士がかけ離れているからか、その可能性に思い至ったことはこれまで一度もなかった——セフィロスの父親の存在を、疑問に思ったことさえ、なかった。


「セフィロスのやつ 私が父親だと知ったらどう思うかな……あいつは私のことを見下していたからな」


宝条は楽しくて仕方がない、と言うように高らかな笑いを夜のミッドガルに響かせていた。誰も、何も言えない。ヴィンセントはきっと知っていたのだろうけれど、それについて深く語りたがらない彼に敢えて尋ねることは誰もしてこなかったから、きっとクラウドもティファも、わたしと同じように宝条の言葉に驚くばかりで言葉も出ない。自分の血のつながった子供を、人体実験の被検体に、使っていた——?


どうすればよいのかわからなくなって、もう一度ちらりとヴィンセントの方を盗み見た。彼が何を思っているのか詳しくは窺えない——けれど、酷く怒っているのだと、それだけはわかる。瞳は鋭くなるばかりで、宝条はそれに気づいているのかいないのか、さらにヴィンセントを逆撫でするような話を続けている。


「クックック……私の子を身ごもった女をガストのジェノバ・プロジェクトに提供したのだ。クックッ……セフィロスがまだ母親の体内にいるころにジェノバ細胞を……」
「き、きさま……!」


ヴィンセントに声を掛けるべきか、そうでないのか、分からなかった。
こんなに怒りに満ちた彼の声を聞いたことがなかった。セフィロスへの罪滅ぼしかと尋ねられた彼が科学者としての欲望だと、腹を抱えて笑いながら答えるのにとうとうヴィンセントは一歩、前へと出た。憎しみに燃える彼の表情に、止めるべきなのかもしれないと思うのに、体は動かない。


「……私は……間違っていた。眠るべきだったのは……きさまだ、宝条……!」


ヴィンセントは静かに体を覆う色を変えてゆく——彼が変身するところを見たのは、久しぶりだった。彼は今までに見たことのない黒い人型のモンスターへと形を変える。黒い羽を生やしたそれは彼の面影を残して、しかし纏う気は酷く、禍々しい。


羽を広げて飛び上がった彼が一撃を放つ最後の瞬間まで、宝条は笑っていた。
死にかけの宝条は最後に何かキーボードを叩いたように見えたが、結局そのまま操作台に倒れ込み、動かなくなった。


静かに羽を広げて地面へ降り立ったヴィンセントの腹部で、赤い何かが怪しく光ったような気がした。