A reason is not enough.



「神羅は…………終わりました」


朝食を取ってすぐ、いつものようにコックピットに皆で集まった。ヴィンセントとわたしはあの後何をするでもなくただ、抱き合って眠りに就いた。何も言葉はなかったけれど互いに抱きしめるその腕を離すことはなく、朝まで。目を覚ましてからも別段何を話すでもなく、そのまま、ここに。隣に立っているヴィンセントは無表情で、けれど瞳の向こうにあった激しい感情は今はもう影を潜めている。ケット・シーがぽつりと落とした言葉に皆と同じように、神妙な顔でどこか遠くを見つめていた。


「メテオが落ちてくるまであと……」
「あと7日って、じっちゃんが言ってた」


時間はそう長くは、残っていない。行く先々で立ちはだかっていた神羅カンパニーももうないのなら、後はもう、セフィロスとの最終決戦を残すばかり。いよいよ、その時が来たのだとまた、船内に緊張が漂い始める。


けれどクラウドはその中で突然、レッドXIIIの方を向いて口を開いた。


「なあ、レッドXIII。コスモキャニオンの人たちに会いたいか?」
「…………うん」
「マリンに会いたいだろ?」
「そんなこと聞くなよ」
「……俺たちがセフィロスを倒して……そしてホーリーを解き放たないと 7日後にはこの星そのものが死んでしまう。俺たちがセフィロスを倒せない……それは……俺たちが死ぬということだ。メテオで死んでしまう人より何日か先に、だ」


負けてしまったら、失敗してしまったら。
そんなことを言うクラウドはどこか珍しい——そんな話は今まで誰も、一度だってしたことがなかった。考えないようにしていた部分も、あると思う。希望を捨ててはいけない、そう考えていたから。けれどクラウドは不安げなわけでもなく、いつもと同じ強い輝きを灯した瞳でわたしたちを見渡している。


「戦う前から負けること考えるんじゃねえ!」
「ちがう!俺は……なんていうか……みんなが何のために戦っているのか それをわかっていてほしいんだ」
「……なんの、ために、か……」


ぽつりと、呟いた。ティファも同じことを言っていた——わたしはただ、彼女の、エアリスの思いを繋ぎたかったのだと、それだけなのだと思った時のことを思い出して、それから何も言わずにちらりと、隣に立つ彼を見る。


「星を救う……星の未来のため…… 確かにそのとおりなんだと思う。でも、本当は、本当はどうなんだろう?俺にとっては、これは個人的な戦いなんだ」


——同じだけの質量で思っていることが、ある。彼の思いを守りたい。ということ。それはどこまでも個人的な思いだったけれど、確かにわたしが此処にいる、理由でもあって。クラウドの過去が、思いが星を救うこととつながっているように、わたしも。


戦う理由を語るクラウドに触発されたようにバレットが口を開いた。



「星を救うってのは、なんとなくカッコいいよな。でも、オレたちにできたのは あの、魔晄炉爆破だ……今となっちゃあ、あんなやりかたはいけなかったってことは良くわかる。仲間たちや関係ない大勢の人間を不幸にしちまった……」


その言葉に少し離れた場所に立っていたケット・シーが少し反応したのが分かったけれど、黙ってバレットの話を聞いている。きっともう皆、理解している。彼の思いも、ケット・シーの思いも。



「……最初は神羅への復讐だった。オレの故郷を奪ったよ。でも、今は……」


バレットはコックピットの大きな窓からぼんやりと外を見ていた。すぐそこに広がる巨大な円盤——ミッドガルの街を。


「そうだぜ。オレはマリンのために戦ってるんだ。マリンのために……マリンの未来のために……そうか……オレはマリンのために星を救う戦いをしてるのか……」
「会いに行けよ。その気持ち、たしかめてこいよ。みんなも、一度船を降りて そして自分の戦う理由……それを確かめて欲しいんだ。そうしたら、帰ってきてほしい」


戦う理由は、わたしの中にある。今更どこかへ探しに行かなくとも。そして、帰る場所なんてこの世界のどこにもなかった。


「誰ももどって来ないかもしれねえぜ。メテオでどうせ死んじまう。ムダなあがきはやめようってよ!」
「俺は自分が戦う理由を知っている。まぎれもなく、星を救うために戦う。でも、その中には個人的な……とても個人的な俺の想いがあるんだ。みんなは……どうだ? 俺はみんなにも、そういうものを見つけてほしいんだ。見つからなかったら仕方ない。理由なしで戦えはしないだろ? だから、帰ってこなくても……仕方ないよ」


まるで、誰も戻って来なくても自分は戦うと、そう言っているかのようだった。隣に立っていたティファは強い表情でクラウドを見つめている。そしてシドにそう返したクラウドは次に視線をわたしの方へと移した。


「ユリアもよく考えてほしい……セフィロスと直接対決をすることだけが戦いじゃない」


——それは、どういう。思わず固まった。


「……それは、わたしには戻ってくるなってこと?」


少し意地悪な言い方をしている自覚はあった。そんなことを言われるとは、想像もしていなかったから。戦う理由はちゃんとあって、戦うための力だって、あるはずなのに。


「そうじゃない。でもユリアは俺たちとは根本的に違う危険がある、そうだろ?」
「……でも、」
「もしユリアはんが構わないなら、」


少し硬い表情のケット・シーが会話に割り込んだ。黙っとったけど、と前置きをして話し出す。


「ミッドガルの避難に人が必要なんや……本体は今プレート上の住民をひとまずスラムに避難させとるんです。タークスが手伝ってくれとるけど……」
「そこに、わたしが行くべきだと……?」
「……セフィロスを倒せるんは此処におるクラウドさんたちだけや。でも、ミッドガルも、神羅カンパニーがなくなって、孤立無援なんや……!」
「ケット……シー……」
「……無理をしてでも俺たちと来たいというなら止めるつもりはない。でも、俺はユリアがエアリスの思いを繋ごうと必死になっているのをちゃんと知ってるから……それを叶える手段が必ずしもセフィロスと戦うことだとは限らないと思うんだ」
「……クラウド」


——わたしのことを、不要だと言っているわけじゃないということはわかっている。クラウドはいつも以上に真剣な表情を浮かべていて、ケット・シーの声もとても真面目で。でもだからこそどうすればいいのか、わからない。


「……わ、たし……」
「考えてほしいんだ。時間はまだあるから。ユリアがどうするのかも……」


わたし一人が、此処から逃げて、ミッドガルでみんなの帰りを待つ……?そんなことが、許されていいの……?わたしは本当にそれを、望むの……?


当たり前のように大空洞へ、セフィロスとの最終決戦へ行くのだと、そう思っていた。戦う理由も、戦う意思も、そのための力も、全て持っている。ただ、この星の純粋な魔晄の力がなければ生きられないわたしは、それを行使できる状況になくて、もしかしたらただの足手まといかもしれなくて。——いや、足手まといになるから止められているわけじゃないことだって、分かってはいるけれど。


分かっていても、はいそうしますとすぐに頷くことは、できなかった。
わたし一人が逃げることになる——-それをここですぐに、受け入れることなんかできなくて、ただ彼のいう「考えてほしい」に小さく頷き返して、黙り込むことしかできなかった。





しばらくして、まず、神羅の社員だった乗組員たちが降りていった。
あまり直接関わる機会のなかった彼らだけど、わたしたち一人一人に頭を下げて、シドと握手を交わして、彼らはすぐそこに見えるミッドガルの方へと歩き去ってゆく。そして、バレットが彼らと一緒に船を降りた。


クラウドが、飛空挺を代わりに操縦していた。最初に訪れた場所は、ウータイ。ユフィが降りた。次にロケット村。シドが降り立ってロケットのなくなった村の向こうへ消えてゆくと、もう此処に残っているのはヴィンセントと、レッドXIII、おそらく降りずに此処に残るだろうケット・シーとクラウドと、そしてティファ。


「……ヴィンセントはあの場所に行くの?」


ロケット村でシドを降している最中にそう尋ねると、ヴィンセントは首を横に振った。


「……彼女はもう私には会いたくないだろう」
「でもヴィンセントにとって戦う理由は、彼女への罪滅ぼしなんでしょう」


ヴィンセントの瞳が傷ついたように潤んだ気がした。それは一度瞬きをしてすぐに、消えてしまったけれど。何も答えないヴィンセントはどこへ行くつもりなのだろう。そして、わたしはこれからどこへ行けばいいのだろう。帰る場所などなくしてしまったのに。


無言になったわたしとヴィンセントの元に、レッドXIIIが歩み寄った——彼は次に向かうコスモキャニオンで降りることになっていた。


「ユリア、ヴィンセント、行く場所がないならオイラといっしょにじっちゃんのところに行かない?」
「レッドXIII?」
「……じっちゃん、調子が悪いみたい、なんだ。だから顔を見せたいんだけど……」


レッドXIIIの声からは不安の色が伝わった。ヴィンセントと二人、顔を見合わせて小さく頷く。


「……もちろん、大丈夫だよ。一緒に行こう」
「ありがとう!」


レッドXIIIは少し安心したように笑った。
ヴィンセントもついてくるということは、彼は祠へは行かないのだろう——少し安心してしまう自分がいるのも、否定はできない。けれどそれ以上にこれからのこと、クラウドの言葉に対する戸惑いとか、悩みが心を埋め尽くしていた。そして、もしかしたらブーゲンハーゲンさんなら、あの長い時間この世界で生きてきた老人なら何かを教えてくれるんじゃあないか、なんて期待もあって。


クラウドは再び飛空挺を発進させてロケット村から離れてゆく——-二ブル山を超えて、草原を抜け、コスモエリアへと着陸する頃にはもう、日が沈んでいた。