The cry of the planet



洞窟の中で過ごす夜は穏やかに更けていって、瞳を閉じれば自然と眠りに就いた。穏やかな気持ちで眠りに就く夜は、悪夢を見なくて済むから好きだ。特に今夜は疲れていたから、悪夢どころか夢さえ見ることはなかった。前後左右を岩や機械に囲まれたここで朝を感知するのは簡単ではなく、エアリスが体を揺するまで深く深く、眠っていた。


「もー、ユリア、寝起き悪い!」
「ごめんなさい、日が昇らないのに慣れなくて…それにずっと寝てたから睡眠がちょっと…」
「気持ちは、わかるけど…明日は、気をつけてよね?」


む、と頰を膨らませるエアリスに平謝りしながらテントを畳む。隣ではヴィンセントとレッドXIIIがすでに支度を済ませて待っている。急いで準備を済ませると旅の続きが始まった。今日にはニブル山を越えられるだろう。時折現れるモンスターを退けながら歩き続ける。出口に見えた少し狭い入り口を抜けると、少しざわ、と嫌な予感が胸を過ぎった。


「…ここは?」
「おそらくニブル魔晄炉跡だろう」
「魔晄炉…」
「道間違えちゃった、かな?」
「そうかもしれないね。探検する?」


楽しそう、そう子供っぽく笑うレッドXIIIに苦笑いで答える。


「…うーん、待ち合わせもあるし、先を急いだ方がいいかもね」


ざわざわと聞こえるそれがすこし嫌なふうに変わったことに気がついて、先に進むのは気が引けた。たとえて言うなら、悲鳴。ーー星の悲鳴が、聞こえる気がしたから。ミッドガルでは不思議なくらい全く聞こえなかったそれがニブルヘイムについてからやたらと耳につく。近づけばこの声は大きくなるのだろうか。ミッドガルを離れて目を冷めてから2日、なかなか慣れることのないこの不思議な声に振り回されている自覚はあるけれど、どうしようもない。


「じゃあ、あっちの方、かな?」


来た道を戻って、エアリスが指をさした方へ歩みを進めてゆくと、たしかに出口は見えた。えっ、でも…


「何か、いるけど…」
「モンスター…?」


入り口付近を徘徊しているのは巨大なモンスターだった。ヴィンセントは無言で銃を取り出し構えた。とりあえずファイラを唱えてみると、突然上がった炎に驚いたようにその巨体が揺れて、こちらを察知したことが伝わってくる。緊迫した雰囲気のなか、レッドXIIIがそのモンスターへと飛びかかり、ヴィンセントも駆け寄って銃で応戦する。わたしもエアリスと二人、目を合わせて走り出した。


魔晄炉の周辺ではモンスターが異常な成長をする。そんな噂はどこかで聞いたことがあった。このモンスターもそうやって生み出された産物なのかな?内心でそう思いながらもう一度ファイラを放つ。ーー少し元気になってしまった。炎属性の魔法は吸収されてしまうようだ。


巨大なモンスターからは強力な魔法が放たれ、エアリスの手元にあるらしい「てきのわざ」マテリアにはそれがはっきり記録されるが、敵はいっこうに倒れる様子を見せない。


(…大丈夫かな)


忙しなく走り回るレッドXIIIや、後ろで補助に回るエアリスにも疲労の色が見える。少し焦りを感じたその時だった。


「…ヴィンセント?」


立ち止まったヴィンセントの様子がおかしいのに気がつく。


少し影が伸びたかと思うと、ヴィンセントは姿形を変えて、気づけば青い獣人のようなモンスターへと変貌を遂げていた。今までの何倍ものスピードで巨大な敵の方へ駆けて行ったかと思うと、身体中を殴りつけて、最後に首のあたりを噛みちぎった。その巨体から俊敏な動きで離れた瞬間、大きな音を立ててモンスターは倒れる。ゆっくりと魔晄の光があたりを包んで、その大きな影をさらってゆく。


「…ヴィンセント、すごい」


近くにいたエアリスがそう呟いて、レッドXIIIも静かに頷いた。
ヴィンセントは相変わらず獣人ーー外見はスピラにいた頃にガガゼト山でよく見かけたベヒーモスに近いかもしれないーーの姿で呻いていた。
ーー理性を失っている…?


「っ危ない!」


咄嗟にエアリスを押し出すと、一瞬後に体に大きな衝撃が走る。
そしてすぐに、背中に痛み、そして身体中を押さえつけられる感覚。紫色の獣が全体重をかけてわたしの上にのしかかっていた。


「ユリア!」
「だ…いじょうぶ…!」


重いし、痛い。
咄嗟に殴りかかろうと右腕を振り上げるヴィンセントの首あたりに触れて、瞳を閉じた。


この身は祈り子となって、幻光虫の扱いは召喚士以上。
そして、この世界に流れるライフストリームが、スピラの幻光虫のように世界を巡って、世界に様々に影響を及ぼしている。その声さえ聞こえるのなら、ライフストリームも幻光虫と同じように扱えるはず。


ーーまあ、失敗してもたぶん、死ねないし。
そんな投げやりな気持ちもあって、一か八か、ヴィンセントの中を流れるそれの『流れ』を乱すように力を込める。


「ユリア…!」


そう叫んだのはエアリスだったろうか、それともレッドXIII?


ぎゅっと閉じた瞳の向こう、与えられるはずだった痛みがいつまでも訪れないのを確認してからそっと瞳を開くと、音もなくわたしの上にのしかかっていた獣人が元の人間の姿に戻ってゆく。やがてその赤い瞳を瞼の裏に隠した麗人は気を失ったまま、わたしの上に倒れこんでくる。


ーー助けて。
そんな声がまた、聞こえたような気がした。







ヴィンセントは程なくして目を覚ました。ヴィンセントは何も言わずとも状況を把握して、申し訳なさそうに視線を下げた。


「…すまない」
「いや、大丈夫だけど、体に異常はない?」
「私は大丈夫だが…」
「わたしも。ヴィンセントのおかげであのモンスターも倒せたし、よかった。ありがとう」


大丈夫だ、と伝えるためににっこりと笑ったけれど、ヴィンセントは俯いたままだった。エアリスがわたしとヴィンセントのその様子を見て口を開く。


「でも、ユリア、すごい。どうやってヴィンセント元に戻したの?」
「…お前が、私を?」


エアリスのその言葉に、ヴィンセントは驚いたように顔を上げた。
ーーその場で考えたにしては驚くほどうまくいったのは正直幸運だった。ヴィンセントの能力は強力だったし、多少制御に難があったとしても、今後必要になるだろうと思ったので。


「…体の中を流れるライフストリームの流れを乱せば、動きを止められるかな、と思って」
「そんなことできるんだ。私にもできる、かな?」
「どうだろう?スピラにはできる人がいっぱいいたけど」
「…迷惑をかけたな」
「いや、意外と簡単だったし、慣れればヴィンセント一人でも制御できるようになるんじゃないかな?」


人体実験を受けて眠りについていたのだと言っていた。おそらくこの能力を戦闘で使ったのもほとんど初めてに近いのだと思う。それでも戦闘中は人間には不可能な速度で走り、苦戦していた敵を一撃で葬ってしまったのだから大したものだと思う。


「エアリスも練習する?」
「…んー、いいや!ユリアに任せる、ね?」


エアリスはなにか楽しいものを見つけたように笑っていたけれど、どういう意味なのか尋ねると誤魔化されてしまう。どこか釈然としない面持ちでヴィンセントを見上げた。


「もう動ける?」
「…ああ。すまない」
「じゃあ、そろそろ行こうか」


そうわたしが言えば、ヴィンセントは立ち上がる。よろけたりしている様子もないし、本当に大丈夫そうだ。しゅっぱーつ、と、昨日と同じ明るさでエアリスが叫んだ。


再び歩き出すと、あの巨大なモンスターが塞いでいたのはやはり洞窟の入り口だったことがわかる。洞窟を抜けて山を下れば、すぐに平原へと出た。そして、少し先にテントが見える。ーークラウドたちかな。


近づくと、テントの前に長い黒髪の女性が立っているのが遠目にみえる。ーーティファだ。


「エアリス!意外と早かったね」
「ユリア、すっごく強かったの!おかげであっという間」
「ユリアはんやりますなあ、ボクも見たかったですわ」


ケット・シーはそんな風に言っていたけれど、ひとまずヴィンセントの話は誰もしなかった。ヴィンセントの姿を探すと、仲間たちから少し離れたところに立ってどこか遠くを見つめていた。


しばらくこの1日、離れていた間の情報交換をしながらティファやバレットが立てていたテントを畳む。やがて準備ができると、クラウドが立ち上がった。


「…全員準備できたな。先へ進むぞ」


クラウドのその一声で、9人になった一行が再び歩き始める。
セフィロスはニブル山を越えて北へゆくと言っていた、らしい。クラウドとティファがそう言っていた。とにかく何もない平野を進み続けるしかない。セフィロスはこの星をーーどうやってかは分からないけれどーー壊そうとしている。それを止めるのがこの旅の目的だから。