とかされる



「まあ、わかるよ、超能力者ってだけで生きるの大変そうだし、ましてや盲目となればね」
「ご理解いただけて幸いです。残念ながら保証人になれそうな親族もいませんのでね」
「ええ…結構あけすけなんだね…」
「隠していても仕方ありませんからね。同情を引けばしばらく住居に困らないのであればいくらでもわたしの過去くらいお話しますよ」
「いいよべつに…家賃も十分すぎるくらいもらったし、しばらくいていいって最初に言ったし…部屋もないわけじゃないから、出て行きたいと思ったときに出て行けばいい」


不意に島崎の口が固まった。少し驚いているようだった。
それにしてもやっぱり、超能力者には超能力者なりの事情があるんだな、と思わされてしまう。ましてや盲目。決して「爪」が正しいことをしたとは思わないにしろ、ああいう組織ができてしまうのはきっと、人と違うことを受け入れるはとても、難しいことだからなのだと思う。


「しかし…」
「そもそも元テロリスト簡単に世に放てないよね、君は総理誘拐の実行犯だし」
「…」
「いや、別にもう誰もそんなこと覚えてないと思うけど、『神樹』の方がインパクト大きいみたいだし」
「…そうですね」
「ま、気になるなら監視されてるんだと思えばいいよ」


——まあ、実際は監視なんてされてないのだけど。
超能力のことは曖昧にしておきたい政府はどちらかといえば、もう「爪」には関わりたくないように見える。はじめに報告して以来何か聞いてくるのはヨシフさんくらいのものだった。わたしが勝手にやっているだけ。給料も手当もでないし。いや、お金なら今もらったけども。


「……それではお言葉に甘えることにしますよ」
「そうそう。そんなことを気にする人間だったとは、意外だけど」
「一応……敵だったはずの女性の部屋にお邪魔しているわけですからね」


そろそろ慣れてきてもいい頃だと思うのに、彼から気遣いの言葉がこぼれるたび何度でも新鮮に驚いてしまう。動揺を隠して先にシャワーどうぞ、と言えばまた、ありがとうございますと返されて。部屋へ着替えを取りに行くその背の高い後ろ姿をぼんやりと座ったままで見送った。


「……今のうちに皿洗うか」


とは言っても今日はデリだから、取り分け用の小皿や箸くらいのものだけれど。彼が準備している間に急いで洗ってしまうと、それから少し経ってシャワールームから水音が小さく漏れ出した。もう当たり前のように生活を共にしている彼。もともと『恋人』の荷物を置くためにあった寝室のスペースーーといっても小さな箪笥とその上の物置だけだけれど——は今や彼の私物を置くための場所になっている。とはいえそんなものはほとんどなく、私が買い足した衣類の他には財布や携帯などの必要最低限のものばかりが並べられていた。


戸惑いがないわけではなかった。同時に、疑いも。
なるべく迷惑をかけないようにしようとする振る舞いだとか、気を遣って夕食を用意したりだとか。今までに見た作り笑顔とは少し違う、微笑みだとか。「ありがとう」なんて一度も言ったことのなさそうな男だったはずなのに。


そこまで考えて脳裏に浮かんだのは、赤く浮かぶ二つの瞳。思い出すとそれだけで、それ以上なにも考えられなくなってしまうその瞳が苦手だった。怖くさえ、ある。ほの暗い光がわたしの戸惑いや疑いをぼんやりと、とかしてしまうから。


「……面倒には関わらないことにしてた、はずなんだけどなあ」


嫌いなものは面倒ごとと、無給労働と、それから辛い食べ物。長いものには巻かれて、流されるままに生きて。ああ、流されるままに生きすぎるからこうやって面倒ごとが舞い込んでくるんだろう。島崎だって放り出せばよかったのになんで連れて帰ってきちゃったんだろうなあ。住んでいいとか言っちゃった、まあ、あれだけお金をもらったら仕方ない、よね。


本当に戸惑っているのは、自分自身に対してだった。


「シャワーありがとうございました。みょうじさんもどうぞ」
「えっ、ああ、うん。ありがとう」
「私は先に失礼しますね。おやすみなさい」


おやすみ。
平静を装って、努めていつも通りの口調で。それが壊れていないことだけが救いだった。服を脱いで、バスルームの扉を閉じた瞬間、お湯を浴びながら床に座り込む。「おやすみ」があるならば、「おはよう」もあるのだろうか。「いってらっしゃい」があって「おかえり」があるように。穏やかな日常に終わりは、あるのだろうか。

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