どうせ狂うならさいごまで



「キミ、大丈夫?」
「……ん、ぅ……」


ベンチに少年を寝かせて、何度か揺すると少年は程なくして目を覚ました。もともとそう怪我が深いわけでもないけれど、生憎救急箱は車に置きっぱなし。一旦車まで戻ろうかと考えたところで強い警戒心と敵意を宿した瞳に睨みつけられて、思わず両手を挙げる。


「待って、わたしは総理を連れ返す側だよ。…失敗しちゃったけど。キミが倒れた直後に少しだけ戦ったんだ。私はみょうじ。キミは?」


わたしのその問いかけに、敵を見るような目をしていた彼が悔しげに表情を歪めて、消え入りそうな声で花沢です、と答えた。花沢くん。こうしてみると本当にふつうの中学生に見える。超能力者なんて意外とそこら中にいるものなのかもしれない。起き上がろうとして痛んだらしい腹を押さえる彼に、慌てて腕を背中に回して支えてやる。


「花沢くん、は、どうして此処に?」
「……もちろん、『爪』を止めるためですよ」


くそっ、と小さく呟く彼はやっぱり普通の、中学生。そんな彼がどうして「爪」と戦っているのか、状況はいまいち掴めない。ここで彼を参考人として連れて帰ることも考えなかったわけではないけれど、総理が連れ去られた今この件を洗い直すようなゆとりもないし、とにかく本部に戻ることが先決だ、と思い直す。


「ええと、花沢くん、ありがとう。でもこれについては政府の管轄だし、危ないからお家に帰った方がいい。痛むなら背負って送るよ」
「その必要はない」


突然、後ろから見知らぬ男性の声が聞こえて立ち上がった。
振り返ると見知らぬ男が二人立っている。花沢くんと知り合いの人だろうか、友達にしては年が離れすぎているような気もするけれど。彼らは駆けてきて、すぐ隣までくるとしゃがみこんだ。怒っているような、心配しているような表情を浮かべる彼らに花沢くんは一転、申し訳なさそうに俯いている。とりあえず敵同士ではなさそうだから、黙って見守るしかない。


「先走りやがって…なんで俺たちを待てなかったんだ!」


それにしても彼らの関係はなんだろう。彼らの間には全く共通点が見出せなくて、このまま彼らを見送ってよいものなのか心配になってしまう。戸惑っているわたしに気づいたのか、ふたりのうちの片方が立ち上がってわたしのほうへ向かい合った。


「彼はうちの…まあ、仲間みたいなものなので、連れて帰ります」
「え、あ、うん、でも一応後で公安から連絡が行くかもだから連絡先だけ……」
「ああ?なんだよこの女。敵か?」
「公安の人間だと言ってる時点で敵ではないだろ。すみません、彼は貴重な戦力でして……」
「……戦力?」
「はい」
「……『爪』と戦う気なの?」
「あたりめーだろ、社会貢献だよ社会貢献」
「……なるほど」


正直全くなるほどではなかったが、おそらく能力者であろう男2人と少年。
社会貢献、とかいっているし、柄の悪そうな人ではあるけれど、もしかしたら更生中とかなのかもしれない。政府の能力者は全く役に立たなかったし、わたしも役に立たずに結局総理をみすみす誘拐されているし、まあこの感じではヨシフさんもしくじっているだろう。連絡がないというのはたぶんそういうことだ。となればもう、わたしや公安にできることは何も残っていなかった。


「…勝てるの?」
「勝てるか、ではない。勝つしかないだろ。あいつらに好き勝手させたら世界なんか簡単に壊れるぞ」
「…そうだね」


人知を超えた能力をただ破壊のためだけに使うと何が起きるのか。「爪」はそんな壮大な実験をしている。彼らにそのつもりがなかったとしても。そしてその実験はあまりに、犠牲となるものが大きすぎた。もうすでに大変なことになっているけれど、これ以上国をめちゃくちゃにされてしまっては少なからず日本の未来に影響がでるだろう。そしてそれを止められるかもしれないのは名前も素性もしらないこの3人と、いるかもしれない彼らの仲間たちだけ。あまりに絶望的な状況にもしかしたら頭がおかしくなっていたのかもしれない。そうでもなければこんな判断を下すことは多分もう、一生ないだろう。


「…私はあなたたちを助けることはできないけど、今日は『なにも見なかった』。総理と総理を誘拐した長身の男以外はね」


近くに落ちていた拳銃を拾って、振り返らずに公園を出て行った。
民間のよくわからない人相の悪そうな男たちに日本の将来がかかってるなんて、そんなこと言ったら上司は怒り狂うだろうな。まあ黙ってればいいんだけど。空は相変わらず晴れ渡っていた。

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