そっと見守って


 とても静か、というわけではないけれど、普段はそこまでうるさくはないポケモンセンター。響いた叫び声は予想以上に注目を集めてしまって、ヒカリは慌てて頭を下げた。そして叫び声に一番驚いただろうポッチャマにもごめんね、と一言言って、それからもう一度ナマエに向き直る。

「え、あ、え、ヒカリ、その、」
「ぜ、全然気づかなかった……」

 次は声を潜めてそう言った。ポッチャマは信じられないというふうに「ポチャ!?」と鳴いている。どうやらこのポケモンは主よりもずっとそういったことに敏感らしい。

「ポッチャマ、気づいてたの?」

 ヒカリの言葉にぴょこんと地面へと降り立ったポッチャマは当然、というふうに頷いてから胸を張った。
 よく思い出してみればたしかに、ナマエは普段よりも楽しそうな声色だったかもしれない。仲がいいんだってすぐに思ったのは、ナマエの雰囲気がいつもよりも穏やかに感じたから、だと思う。……えっ、じゃあシンジが立ち去るときに残念そうな表情を浮かべてたのもつまり、そういうこと?

「うそぉ……ナマエが、シンジを……?」
「あっあまり何度も言わないでよ恥ずかしいんだから……」

 顔を赤らめて俯くナマエの様子を見てどうやら冗談ではないらしい、と察する。……いや、そんなことでナマエが冗談をいうとは思えないけど、でもあまりに信じられなかった。

「だってあのシンジよ?」
「わっ、分かってるよ何が言いたいのかは……」

 尻すぼみに消えてゆく言葉。消え入りそうな声で最後に「でも、好きなんだもん……」と続けるナマエは、恥ずかしさからなのかなんなのか、泣き出してしまいそうに見えた。

「ごめん……」
「いや……大丈夫……」

(わーん、やっぱり盗み聞きなんてするんじゃなかったー!)

 ヒカリの心の叫びである。
 先程からの居た堪れない空気は緩和するどころか重くなるばかり。ナマエの頬はまだ赤い。
 ヒカリはとにかくこの空気をどうにかするべく、話をむりやり終わらせることに決めた。

「とにかく! サトシたちにはナイショにしておくわ、だから安心して!」
「う、うん、ありがとう……」
「そうだ、ちょっと遅くなっちゃったけど約束のケーキ、食べに行かない?」
「そうだね、行こ……!」

 たぶん同じことを思ってただろうナマエもヒカリのそれにのって、ケーキなんて久しぶり、と続けた。ようやくもとの雰囲気が戻ってきたことに安堵の息を吐いて、扉の方へと体を向ける。
 今いるポケモンセンターから予定のカフェまでは少し離れているけど、道は一本道だし迷うことはないだろう。

 楽しみね、と声を掛けながら歩き出した、その時のことだった。

「なんだと!」

 入り口の向こう側から聞き慣れた声。苛立ちを孕んだそれは外でなにやら穏やかでないことが起きているらしいことを伝えている。
 咄嗟に二人で顔を見合わせた。

「サトシ……?」
「いってみましょ!」

 ヒカリはそう言って走り出す。小走りのナマエがその後ろに続いた。

「サトシ、どうしたの……って、シンジ、」

 一足早く外に出たヒカリの声に二人の視線がヒカリへ向けられたが、シンジのそれは一瞬で逸らされた。
 何よ、相変わらず態度わるーい。ナマエの男の趣味を疑いそうになりながら、後ろのタケシの表情を見て、どうやらいつもの喧嘩みたいね、と察する。

「サトシ、……っ、いた、」

 後ろからヒカリよりも少し遅れて走ってきたナマエの声が響く。思わず振り向くと、ヒカリより少し後ろでバランスを崩したらしいナマエが右脚を抑えて座り込んだ。

「ナマエ、大丈夫か?」

 慌ててタケシが駆け寄ってくる。ヒカリもいっしょに駆け寄って、ナマエの横にしゃがみ込む。

「ごめん、急いだら痛みが……でも大丈夫だから。それより、」

 ナマエが顔を上げたのに合わせて、ヒカリと、ヒカリの反対側にしゃがみ込んでいたタケシが視線をサトシとシンジの方へ向けた。
 シンジは何かを言いたげにこちらを見ていた。こちら、といってもたぶんヒカリじゃない。視線はわずかに左を見ている、つまり。

(ナマエ……?)

 シンジとナマエが無言で見つめ合っている。否が応でもさっきのナマエの様子を思い出してしまう。

(シンジはナマエのこと、どう思ってるんだろう?)

 正直なところ、そこまでナマエの恋愛事情に興味があるわけじゃない。でもナマエは大切な友達だから、そのナマエが好きだって言ってるのなら幸せになってほしいとも思う。

 シンジは結局、何も言わずにナマエから視線を外した。そのまま何も言わずにサトシにも背を向けて歩き出す。

「お、おい待てよシンジ、オレとバトルだ!」
「断る」

 なんだよ逃げるのか? とサトシは煽ったが、シンジはそれにも振り返らなかった。
 ちぇ、と舌打ちをしてサトシは歩き去ってゆくシンジから視線を外した。明らかに苛立っていたサトシの表情は、ナマエを視界に入れた途端申し訳なさそうなものへ変わる。

「ナマエ、大丈夫か? 悪い、オレ……」
「気にしないで。サトシが悪いわけじゃないんだから。……ピカチュウもね」

 怪我をしたのがサトシとのバトルの間、それも使っていたポケモンがピカチュウだったこともあって、サトシと肩の上のピカチュウは同じ表情を浮かべている。ナマエはそんな一人と一匹を安心させるように笑った。うーん、やっぱり大人だ。ヒカリはナマエのその様子を見てまた思う。
 ナマエはそのまま、ヒカリやタケシの手を借りることなく立ち上がった。それに合わせてヒカリとタケシも立ち上がる。

「本当に大丈夫か? 一度包帯を巻き直した方が……」
「大丈夫だよ、あたしこれでもスピアーのどくばりくらうのはじめてじゃないんだよ? それより、ヒカリとケーキ食べに行くんだけど、せっかくならみんなで行かない?」

 ヒカリも構わないよね? とナマエが振って、ヒカリはもちろん! と頷いた。サトシはそれに少し安心したように表情を緩めて、じゃあみんなで行くか! と明るく言う。

「ピカチュウはケーキ好きなの?」
「ピカピッカ!」
「そっかー、何食べる?」

 ピカチュウに話しかけるナマエはもう完全に平常心を取り戻しているみたいだった。話しながらサトシと二人で歩いてゆく。タケシとヒカリは顔を見合わせて、それから追い掛けるように歩き出した。