4-1



「いらっしゃい」
「ああ!元気にしてたか?」
「ええ、とっても。ヨハンも元気?」
「もち!今日はなんかいい匂いがするな」
「えへへ、実はクッキーを焼いていたの」


食べる?そう訪ねる名前にヨハンも頷いた。
程なくしてバスケットに並べられたクッキーはチョコレートチップが入ったものとアーモンドが入ったものの2種類だった。ヨハンは一口齧って、うまい、と笑う。よかった、と名前が返して、部屋はほのかに甘い香りに包まれていた。


「今日も楽しくデュエル?」
「いや、それがさあ、迂闊にデュエルしてられないみたいなんだ」
「どういうこと?」
「昨晩十代がオブライエンっていう俺と同じ留学生とデュエルをしたんだけど、終わった瞬間に二人とも倒れて…今日別の奴が言うには、アカデミアを飛ぶ電磁波と、このデスベルトってやつが関係してるらしいんだけど…」
「デスベルト…?」
「ああ、これだよ」


白い腕輪をヨハンが見せると、名前は少しだけ顔を顰めた。
名前はこのデュエルアカデミアで研究をする精霊の研究者だ。腕輪、電磁波、という言葉に思い当たる何かがあるようだった。


「…人間の体には精神エネルギーが駆け巡っているんだけれど、デュエルモンスターズはそのエネルギーを使って、デュエルディスクを媒体に何らかの方法で精霊界へと干渉し、デュエルモンスターズを使役しているの。とりあえずデュエルはできているから誰も気にしていないけど、実は詳しい仕組みはよくわかっていなくて」
「精神エネルギー?」
「デュエルエナジー、なんて呼ぶ人もいるけれど、別にデュエルに限らず生きてゆくのに必要不可欠な力よ。デュエル中はそれがデュエルディスクにも流れてゆくけれど、一回のデュエルくらいではそんなに消費されることなく体に戻ってくる…でもそれを、無理に吸収してどこかへ流しているのだとしたら、それは大変なことだわ」
「つまり、俺達が生きるために必要なエネルギーがデュエルの度に無理矢理吸い取られてる…?」
「ええ。しかも倒れるまで、なんて相当だわ。そのベルトは誰がつけているの?」
「全校生徒全員だけど…」
「…それなら、おそらく途轍もない量のエネルギーを集められているはず…一体誰が何のために…?」
「誰が、なら明らかなんだ。このベルトを生徒に着けるように言ったのはプロフェッサー・コブラ、ウェスト校から来た先生だ」


二人は暫く無言になった。けれどヨハンだってコブラと直接話したわけでもなければ、名前なんてベルトをみただけで倒れたところを見たわけでもない。これ以上のことを考えても仕方がない、と2人は結論づけた。


「…ただ、電磁波を集めていると思われる研究所には心当たりがあるわ。この島のなかでそんな装置が整っているのは彼処くらい…」
「それは一体…?」
「確証は持てないけれど…」


SAL、という研究所で昔行われていたこと、そしてその場所のわかる地図を見せる名前に、深く頷いていたヨハンだったが。


「ま、俺地図とか読めねーんだけどな!」
「…ああ、たしかに、方向音痴だって言ってたものね」


ニカッと笑って言った一言で、この話題は完全に終わることになった。
確かに地図が読めていたら、こうして自分と会うことなんてなかっただろうな、と名前は思った。


「名前、口元にクッキーついてる」
「えっどこ?」
「そっちじゃなくてこっち」


不意にヨハンが腕を伸ばして名前の口元に触れた。
それに釣られて名前がヨハンの方を向くと、目が合って。エメラルドの宝石みたいに綺麗な、ヨハンの瞳が、名前の顔を映して。名前の紫色の優しい瞳が、ヨハンの顔を映し出した。互いに自分の顔が少しずつ近づいてゆくのを感じて。


瞳を閉じた。
唇にあたたかなものが触れる。
それは少しだけ留まって、そして離れた。


「…ヨハン、鼻が高いのね」
「…このタイミングで言うことがそれなんだ?」
「だって、鼻が当たったから」


もう少し恥ずかしがるんじゃないかとヨハンは思っていた。
キスくらいで、とは思うけれど、そもそも名前は目を合わせて会話できるようになるまでだって時間がかかって。彼女の勉強していることや研究していることについてなら流暢に話すけれど、それ以外は基本的に聞き手でいることが多いような、静かな女の子。日本人はシャイなのだと聞いていた。


「じゃあもう少し当ててもいい?」
「鼻の低い日本人への当てつけ?」
「名前は十分高いじゃないか」


笑いながら近づくヨハンの顔に、文句をいいながらも再び名前は瞳を閉じた。
今度は触れては離れ、角度を変えながら啄むようなキスで。名前は口づけを受け入れながらヨハンの方へ近づき、青いベストにそっと手を添えた。ヨハンはそれに気づいて右手を名前の腰に添える。


唇が離れると、自然と二人は抱き合っていた。


「…暖かい」
「名前は少し冷たいな」
「低体温なの、平熱だと35度とか」
「へぇ。俺と2度くらい違うんだな、そりゃあ冷たいワケだ」


そんな会話をしながらゆっくり離れて。ふと、正面から視線を感じた気がした2人は前を向いた。テーブルの向こう、研究用のパソコンの椅子に隠れるようにして。


「サイレント・マジシャン…」
「…フォー、そんなところで何してるの?」
「ま、マスターが…」
「フォーは相変わらず慣れないのね、エイトなんて出てきてさえいないのに」
「マスターのプライベートを干渉してはいけませんからね。レベル4、分かったら行きますよ」


不意にとなりにサイレント・マジシャンレベル8が現れて。まるで本当はキスをしたのは彼女だったのではないかといっそ疑わしくなるくらいに耳まで顔を真っ赤にしたサイレント・マジシャンレベル4はふわりと姿を消した。名前はくすくすと笑っていて、ヨハンもそれに釣られて笑った。


「フォーは興味のあるお年頃?なのかなあ、だから見にくるんだけど、いつもこうやって顔を真っ赤にしてこっちを見てるのよ」
「ハハッ。俺の宝玉獣達はもう見飽きてるみたいだからな」
「見飽きてるっていうかねえ、ヨハンの濡れ場なんて一々見ないわよ」
「おいアメジストキャット、濡れ場ってなんだよキスしただけだろ?」
「そりゃ今回はね、だっていつもは…」
「その話今する話か!?」


目の前でコントのように繰り広げられる会話に名前は先ほどから笑いを抑えきれない。気づけばアメジストキャットだけでなく7体の宝玉獣が勢揃いしてヨハンが収拾つかなくなり、困りきった表情を浮かべていた。トパーズタイガーが過去のヨハンの失敗について語ろうとして慌てて止めたり、アメジストキャットは相変わらずヨハンをからかって遊んでいるし。そんな和やかな彼らの会話を眺めていると名前はいつだって心が穏やかになる。


「ヨハン」
「いやだから…名前、悪いなコイツらが」
「こいつらとは何じゃヨハン、儂らはヨハンを心配して…」
「だからー、もう分かったよ!」
「ふふっ」


午後はゆっくりと溶けていった。

- 9 -

*前次#


ページ: