4-2




日が西に傾き、空が赤く染まり始めた頃。窓のない名前の隠れ家でそれを知ることはできないけれど、時計をみて2人は立ち上がった。


「じゃあ俺そろそろ寮に帰るよ」
「ええ。…ヨハン」
「なんだ?」
「電磁波についてはわたしも調べてみるわ。だからヨハン、十分気を付けて。何か分かったら教えるわ」
「ああ!ありがとな」


ヨハンは名前の方へ腕を伸ばして、背中に触れると、そのまま彼女を抱き寄せた。名前もヨハンの首に腕を回す。力を込めるわけでもなく、優しい抱擁だった。名前の頬が固い胸板に当たって、名前の胸はきゅんと高鳴る。見上げると、ヨハンの顔は思ったより近くにあって、そうしてまた、唇が重なった。


「またね」
「ああ、またな!」


間近に見たヨハンの笑みはーー名前には月並みな言葉しか浮かばなかったけれどーーとても明るくて、太陽のようだった。今までゆっくりと近づいていた2人の距離は今日、また大きく近づいていた。帰ってゆくヨハンの背を見送って、名前は部屋の研究用のデスクに戻った。


「マスター」
「あら、フォー。ヨハンは帰ったわよ」
「知っています、だって…」
「そうよね、あなたまたあの宝玉獣たちとおしゃべりしていたものね」
「はい。…マスター、ヨハンと…」
「ふふ、まだ言ってる。恥ずかしがりやさんね」
「マスターが恥ずかしがらなさすぎです…き、キスなんて…」


名前のサイレント・マジシャンレベル4は少しシャイだ。少なくとも名前はそう思っている。だってレベル8はいつだって名前が何をしていても顔色を変えずに外からそっと見守っているだけだから。その辺りは成長した女性であるレベル8が大人なんだろうなと思う。だって彼女は名前にとっても親のような、姉のような存在だ。その名の通り静かで自分からたくさん話す方ではないけれど、どんなときでも傍にいてくれた。


「フォー、これからこれ以上のことだってあるかもしれないのよ」
「こ、これ以上…」
「まあ、顔が真っ赤」


レベル4はもう瀕死だ。くすくすと笑う名前に揶揄われていることに気づいているのかいないのか、限界を越えたレベル4はふっと空気に溶けて消えて行った。名前はそれにまた笑って、パソコンに向き直った。


「電磁波のデータを取らないと…」


名前はそう呟きながらパソコンのキーボードを絶え間なく打ち続ける。
SALという研究所は動物実験を含めて様々な法律ギリギリの研究を行っていた施設であり、精霊に関する研究もされていたことから、彼女も行ったことがあった。2年程前に閉鎖されて以降使われていないようだが、施設自体はそこに残っているため隠れてなにかをするならばこれ以上の場所はない。そう考えたために施設のシステムに侵入を試みているのだった。


「…こんなに防御がしっかりしてる…しかもこのウイルスは数ヶ月前に出たばかりの新しいものだわ…」


明らかに最近になっての使用形跡が残っているシステムに名前は厳しい表情を浮かべた。


「マスター、それは…」
「エイト。わたしはパソコンが得意なわけじゃないしこれ以上相手に知られないように調べるのは無理だわ。でも…」
「ええ…」


人間から一瞬で昏倒するほどのエネルギーを、それも学園中の学生から集めてすることにまともなことがある筈がない。今まで外で何かがあるのを察知しても見ないふりをしてきた彼女だったけれど、今はヨハンがいる。そうでなくとも、


「マスターが昔親しくされていた方も同じものをつけているのでしょうか…」
「…そうでしょうね。明日香…」


名前はパソコンをぼんやりとみつめながら、そう小さく呟いた。



- 10 -

*前次#


ページ: