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名前はヨハンへメールを送った後に、黒い表紙の分厚い本を開いていた。古ぼけたその本は彼女が大切にしていた本の一つだ。


「人のエナジーを用いて何かをするとすれば、古い呪術が最も可能性が高いわ…この辺りね…精霊の実体化、封印の解除、世界渡り…精霊の実体化はまだしも、他のどれもが大量のエナジーが必要とされる…」


電磁波の計測器は依然として高い量の電磁波の放出を示している。
名前はこの件について聞いたときから嫌な予感が消せずにいた。何か巨大な力が影で動いている…そんな気がしてならなかった。同じように嫌な予感を抱いたときのことが思い出したくなくても頭の隅にちらつくーー彼女と同じ紫の瞳が、彼女を縛る。


「マスター」
「!エイト…ごめんなさい、ありがとう」
「いいえ、マスターが辛そうにされているとわたしたちも辛いのです」
「そうよね、なにもしていないわたしがこんなところで落ち込んでいられない…」


なにもしていない。自分で言った言葉に名前の表情は少しだけ暗くなる。
もう3年近くも、この場所で人目を避けるようにして生きてきた。ブルー女子寮の隅で、研究者として。それを知っているのは鮫島校長ただ一人ーーついこの間までは。今は新しくできた友達、ヨハンがいる。けれどそれだけではない、彼女が大切にしてきたものは全てこの島の中だ。


「エイト、フォー」
「「はい、マスター」」
「SALへ、行こう」
「っマスター、それは」
「もしそれで誰かに見つかったとしても、此処で何もせずにヨハンの帰りを待ち続けるだけではダメだって、そんな気がするの」
「…マスター…」


名前は机の引き出しからデッキとデュエルディスクを取り出した。それを持つ手が少し震える。籠の形をしたバッグに必要なものを全て詰め込み蓋をしてしまうと、名前は立ち上がった。普段のサンダルを脱いで、スニーカーを履く。バッグを持つと、後ろから暖かい何かを感じて振り向く。サイレント・マジシャンLv.8が名前を見下ろしていた。


「なにがあっても、わたしたちはマスターのおそばにいます」
「…ありがとう」


名前は微笑みを浮かべ、振り返らずに部屋を出た。



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