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「なんでこんなもんのために自分を犠牲にするかねぇ?俺にはこいつらの断末魔がたまらなく楽しく聞こえるもんだが」
「やめろ!」
「だがお前はどちらかを選択するしかないんだ、サファイアペガサスか、ジェリービーンズマン…俺なら当然高く売れるサファイアペガサスを取る、ましてやジェリービーンズマンは他人のカード…」


十代と名前は部屋の奥に男とヨハンの声を聞いた。


「お前がここで見捨てても、誰も見ちゃいない…」


そう言って笑う男の両手には1枚のカード。奥でムミィ、と怯えたような声を上げるジェリービーンズマンの精霊。
ーー精霊を、人質に?
つい先ほどそれを聞いた十代は、それが何を意味することなのかすぐに分かった。そしてそれを知らない名前も、ヨハンの精霊を愛する心を、男が利用しているということはすぐに分かった。2人の表情が険しくなる。


「そんなこと…出来ない…!」
「何?」
「その精霊達は、俺にデュエルの目的をくれたんだ!精霊と人間の架け橋になると言う目的を…俺は、自分の使命に目覚めたんだ!」


そう叫ぶ悲痛な声を聞いた十代は、何かを決意したように肩を支える名前の耳元で囁いた。


「支えてくれてサンキュー。お前は此処にいろよ」
「十代くん…?」


同じように小さな声でそう返す名前を他所に、壁のはしごを上がってゆく。
名前は十代と中の様子を不安そうに見比べていた。


「ククク…それじゃあサファイアペガサスを失った後に、こいつらもあの世に送ってやろう!選択しなかったお前の罰としてな」
「…ッ!」
「その僅かな間を楽しむがいいぜ、折角精霊が見えるんだからな。俺たちにしか出来ない楽しみを存分に、味わおうぜ…」


悦に浸るような男の声に、ヨハンと同じように精霊を愛する名前も怒りを覚える。男が力を込めたためにジェリービーンズマンは恐怖で騒ぎ始めた。名前は少しだけ深呼吸をして、はしごを昇り終えた十代が部屋の天井へと消えてゆくのをみた。


ーーおそらく、彼がやろうとしていることは。


中の様子を再び伺うと、男の奥には不思議な球体が吊り下がっていて、どこか苦しそうに喘ぐサファイアペガサスが閉じ込められている。


「どうしたらいいんだ…奇跡でも何でもいい…!精霊達を救う力を、俺に与えてくれ…」
「ッハハハ!この期に及んで神頼みとは、最高だよお前!」
「貴方が!」


サファイアペガサスと同じくらい苦しそうなヨハンの声、それを嘲笑う男。耐えられなくなって名前が叫んだ。


「誰だお前!」
「名前!?」


驚いたように叫ぶ2人。天上にいる十代の様子をちらりと確認してから、名前はヨハンに向かって笑った。


「貴方が、信じれば、」
「信じれば奇跡だって、なんだって起きるぜ!」


名前の言葉の後をつなぐように、天井から十代の声がした。天井にぶらさがるロープを使って男に体当たりをした十代は、男が反動で落としたカードを見事にキャッチ。名前は安心したようにため息をついた。


「十代!」
「行けヨハン!今度は、お前が奇跡を起こす番だぜ!」
「…おう!」


十代、そして隣のジェリービーンズマンのしたポーズと同じものを返したヨハン。男はそれに呻きながら再び立ち上がった。


「チッ…コイツ等…」
「こんな卑怯なヤツ、さっさとやっちまえ!」


そう叫びながら十代は名前の隣に立った。そしてヨハンはカードを引いた。


「俺のターン、ドロー!」


ヨハンが引いたカードはサファイア・ペガサス。サファイアペガサス…ヨハンは小さく呟く。顔を上げて檻の中、囚われて苦しそうに喘ぐ家族を見た。ーーけれど、信じることをヨハンは諦めない。目が合ったサファイアペガサスも頷く。


「行くぞ、ギース!俺の理想を邪魔させはしない!『宝玉獣 サファイアペガサス』を召喚!」


ヨハンはそう宣言して、カードをデュエルディスクへとセットした。


「ハッハッハッハ!逆転のチャンスに、精霊の抜け殻のカードを召喚しようとするとはな。ヨハン、お前が一番よく知っているはずだ。精霊の宿っていないカードに、何の力もない事を」
「抜け殻なんかじゃない!カードは、精霊を呼び出す扉!そしてその鍵は、信じる心だ!出でよ、サファイアペガサス!」


ヨハンはそう返し手を前へと突き出す。
そしてサファイアペガサスの捕らえられていた球体が薄く、光り始めた。サファイアペガサスの咆哮が響く。


「なんだ…何が起きている…!」


戸惑うように叫ぶギースと呼ばれた男。
その光は少しずつ強くなっていく。ヨハンはまっすぐに、サファイアペガサスを見つめた。


唐突に、部屋に名前の声が響き渡った。それは決して大きな声ではなかったが、部屋中に響き渡る。


「サイレント・バーニング」


部屋が光に満ちた。そして。
パリン、とガラスの砕ける音がして、サファイアペガサスは場に現れた。


「ヨハンと我等の絆を、こんな装置で断つ事など…出来はしない!」


そう叫ぶサファイアペガサスにギースは馬鹿な、と呟きながら後ずさる。
名前はサファイアペガサスの力強い立ち姿に心から安堵して微笑んだ。


ーー大丈夫、ヨハンが、こうして彼らと共にいるのなら。きっと、彼は負けない。


「精霊の心を理解しない、罪の痛みを知れ!フィフス・ジェムバースト!」



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