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「女子寮って、ここだよな?」


オベリスクブルー女子寮の入り口の前に立ってそう呟くヨハン。人は疎らに歩いている。休日なので外出する人と寮内で過ごす人とがいるのだろう。裏の非常口というくらいだからこんな正面玄関ではなく裏に回るべきだろうか、と壁伝いに歩いていくと、裏にはたしかに緑色に光る非常口の文字。入り口の前には3段ほどの小さな段差があり、そこを上がると一度周りを見渡した。オベリスク女子寮は基本的に正面玄関が24時間使えるので、非常口を使うことは文字通り非常時を除いてない。故に建物の裏でもある此処は防災訓練の時に知識として教わる以上の意味を持っておらず、周りに人の姿はない。思い切って扉を開いた。


奥は女子寮の廊下ではなく、おそらく荷物運搬のためと思われる少し暗い道だった。不意に入り口にほど近い扉が開いて、少しだけ体を震わせる。


「ヨハン君、お久しぶり」
「!なんだ、名前か、よかった」


扉の奥から顔を出したのは名前だった。相変わらず白いワンピースに身を包む彼女をみて安心したように体の力を抜く。ーー名前じゃなかったら大ごとだよな…と心の中で呟いて、招かれるままに部屋へと入った。


「綺麗な部屋だな」
「ヨハン君がくるから、掃除をしたの」


綺麗に整頓された部屋は、個人用の研究室という雰囲気だった。壁には沢山の本が並び、中心に黒い3人掛けソファと机。机の上に置かれている籠にはおそらくヨハンのために用意したのだろうお菓子が詰められている。奥には机とコンピュータ、そして真っ白なホワイトボード。


「ソファで、少し待っていて」


白いワンピースが揺れて、本棚の向こうにあった扉の向こうへ消えてゆく。ヨハンは黒いソファに腰かけると、程なくしてお盆に飲み物の入ったグラスと小さな箱を持った名前が再び扉の向こうから歩いてくる。そして、


「これが、わたしの家族…」
「マスターが友人をここに招くのは久方ぶりですね」


後ろにいたのは。真っ白な服、長い銀髪は風が吹いているわけでもないのにふわりと舞う。清廉な雰囲気で、美しい微笑みを携え、圧倒的な強さをもって佇む、


「サイレントマジシャン…」


あの伝説のデュエリストも使ったと言われる、光の魔法使い。サイレント・マジシャンレベル8の姿だった。


「エイトだけじゃあないわ、フォーもいるの」


話していても俯いていたり、視線をそらしたりしていることの多い名前が、誇らしげな表情でまっすぐとヨハンを見つめてそういうと、白いワンピースの後ろを引っ張って、名前の影からこちらを覗き見る小さな魔術師。瞳はあどけなさを湛えて、それは名前の紫の瞳と似ていた。


「はじめまして、サイレントマジシャンレベル4です」
「この子はわたしに似て人見知りなの。もともと静かな子ではあるけど、久しぶりにわたし以外の人間と話すから緊張しているみたい」
「マスターだって先ほどまで緊張されていたでしょう?」
「もう、エイトは余計なこと言わなくていいのよ」


ヨハンに対してはやっぱり目が合うと恥ずかしげに逸らされてしまうけれど、2人のサイレントマジシャンに対してはそれがなく。エイト、フォーと呼ぶ声はどこまでも優しく、甘ささえ漂っていて。そう、家族というには近くて、恋人というには穏やかで。見ている此方が恥ずかしくなるような、見てはいけないものをみているような。


「仲、いいんだな」
「わたしにはずっと、彼女たちだけが会話相手だったから…」


名前が笑うと、サイレントマジシャンも微笑んだ。



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