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十代は時折ユベルと、あのファラオという猫を伴ってわたしたちの暮らすベルリンの小さな家に遊びに来た。その時はわたしに連絡をすることもあれば、ヨハンに連絡することもあった。十代は大抵夕方頃にやってきて一晩だけこの小さな家で過ごし、次の日にはまた旅立ってゆくのだった。そういうときわたしは決まって十代をわたしたちの眠るダブルベッドに通して、わたしはゲストルームに眠った。何故なら、そうすればヨハンと十代が2人で過ごせるから。そして、その光景を嫌うユベルがわたしのいるゲストルームへ遊びにくるからだ。そしてゲストルームを訪れるユベルにわたしはいつも、ハーブティとアップルパイを振る舞った。2人だけの秘密のお茶会を十代もヨハンも、この世界の誰も知ることはない。それはわたしにとって何にも代え難い幸福の時だった。


「君はヨハンとここで生きていくのかい?」
「そうね、きっとそうなるわ。卒業したら結婚して、ここで生きていくことに」
「ボクと十代と同じだね」
「…そう、ね」


愛することを何よりも大切にするユベルは、わたしには敵意を抱いていないようだった。十代と体を重ねながらも、わたしの思いが十代にないことを知っていたからかもしれない。けれどユベルはわたしの思いを知っているわけではなく、だからこうして無邪気に笑うのだろう。あの時孤独に濡れていたユベルの瞳は、人の暖かさを知ったように明るく輝いていた。ユベルの抱く大きな愛をいつだって受け止めてくれる人のいる今が、ユベルにとって幸福なのだろうと思った。だからわたしも笑う。でもねえユベル、わたしがこうして笑うのはヨハンと一緒にいるからじゃあない、あなたが此処に居るからなのよ。そんなこと、言えるわけがないけれど。


「結婚して子どもが生まれたら、きっとその子もボクが見えるだろうね。精霊の見えるキミと、アイツの子どもなら」
「ええ、きっとそうだわ。そうなったらユベル、その子の遊び相手になってくれる?」
「もちろんさ。アイツのことは今でも大嫌いだけど、なまえはボクの数少ない友人だからね。子どもがなまえに似ることを祈っているよ」
「ふふ、ヨハンに似たら十代が可愛がってくれるのかしら」
「やめてくれよ、そうなったらボクがその子を殺してしまうかもしれないだろう」
「やだ、こわい。それならわたしも、子どもがわたしに似るように祈っておくわ」
「それがいいね」


そんな未来、この時には描いたこともなかったし、描くつもりもなかった。
この時のわたしは幸福の絶頂と、絶望の底に、同時に立っていた。この期に及んでまだわたしは、この神聖なる精霊の愛を求めているというのか。



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