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一体何がわたしを変えたのか、と問われれば、時間だ、と返すしかないだろう。
けれどその変化があまりにも緩やかで気づくまでにもまた時間が掛かって。けれど本当は気づいていた。永遠に変わらないものなどないということ。あの時に心を燃やした激情が、穏やかで優しい橙色の炎に形を変えても、わたしの愛はユベルだけに捧げるものだとそう信じていた。


カレッジを卒業したわたしはインダストリアル・イリュージョン社に就職し、ヨハンはプロデュエリストになって2人の住居はベルリンからニューヨークへ移った。中学生の頃からヨーロッパのジュニア大会で優勝を積み重ね続けたヨハンの知名度はデビュー前から非常に高く、またわたしもカレッジ時代の成績やデュエルの戦績によって初年度からそれなりに高い年収を得る立場にあったので、わたしたちはマンハッタンのアッパーイーストサイドにある白いアパートメントのペントハウスを購入した。広いリビングにはヨハンの獲得したトロフィーやわたしの得た賞状が飾られ、広いウォークインクローゼットにはわたしのシャネルやディオール、ヨハンのジョルジオ・アルマーニが所狭しと仕舞われて。2人で忙しく働きながらも休日にはヴェルサーチを身に纏ってオペラ座の怪人を観ては、あの物語とは正反対の結末を迎えた愛しい人たちを思った。生活は大きく変わったけれどわたしたちの間柄は何も変わらず、わたしたちの関係は世間の人たちの知るところでもあった。そうして時折訪れる十代とユベルを暖かくもてなしてはユベルと秘密のお茶会を楽しむことだって、カレッジの頃と何も変わらない。


あの日、アカデミア時代の先輩であった丸藤先輩が十代をゲストに呼んでエキシビションデュエルを、ある大会の優勝者と行うと発表した時には、彼の精霊の姿も観れるのだと期待に胸を躍らせていた。そうしてその大会の開催場所が同じマンハッタンの大きなスタジアムであることが発表され、その日には十代はまた我が家に泊まることになって。わたしはいつものようにユベルに振る舞う為のケーキや、ハーブティを用意して食器を磨いた。ブルックリン・ブリッジをキャディラックで超えて、ウィリアムズバーグ内に車を停め蚤の市で材料を買っていた時にはまだ、ユベルの純真な瞳がチョコレートケーキを前に穏やかに細められるところを想像していた。一度車で帰宅したわたしは下準備だけをして今度は徒歩で外出した。近くの地下鉄に乗ってペン・シルヴァニア駅を目指す。地下鉄ではストリートミュージシャンのギター演奏を聴きながらスマートフォンを取り出してニュースを開く。決勝戦はヨハンと万丈目準のカード、ヨハンが勝利したようだった。予想できていた展開。地下鉄は目的地に到着して、わたしは小走りに駅を出るとそのスタジアムへ入った。VIP専用の入り口は沢山の警備員に囲まれていたが人の出入りは多くなかった。そこを潜り抜けた先で、今ちょうど十代とヨハンが、向かい合って立っていて。十代は期待に瞳を輝かせ、ヨハンはその瞳を一身に受けてこの上なく幸福そうにしていた。ちょうどユベルと瞳があったわたしのするのと全く同じ表情で。彼ははわたしで、わたしは彼だった。


そのデュエルを制したのは十代の方だった。ヨハンが悔しそうにしながら十代と握手をしている様子を見て、そして此方へ戻って来た彼と抱き合った。その後十代を伴ってスタジアムを出る。このマンハッタンのスカイスクレイパーを十代は大好きで、歩くたびはしゃいで子供だった頃と同じ笑顔を浮かべる彼を、ユベルが優しい瞳で見つめていた。ブルックリンの方からはもっと綺麗にスカイスクレイパーが見えるのだとヨハンが言えば、明日行ってくると楽しそうにする十代。地下鉄を乗り継いで家へ帰ると、わたしは彼らにチーズのリゾットを振る舞った。それはヨハンが好む料理で、わたしがいつも、彼がデュエルに負ける度に作っていた料理だった。何も知らない十代はそれをおいしいおいしいと言いながら食べて、ユベルは口にチーズが付いているといって十代を笑った。食後には食事の前に焼いておいたチョコレートケーキを仕上げて振る舞った。準備をしている間ユベルはわたしを手伝って、ヨハンと十代はつい先ほどまでのデュエルの感想戦をしていたので、ユベルと2人でお互い大変よね、と笑い合った。


「甘いな、これ」
「口に合わなかったかしら」
「いや?なまえの料理は何食べても美味しいからな、好きだよ」
「惚気は2人のときにやってくれるかい」


それはわたしの愛なのだから、甘いのは当たり前でしょう。
その日の夜はユベルにハーブティーだけを振る舞った。



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