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ある休日の午後、わたしは街の裏通りにある少し寂れた映画館を訪れた。少し前に家の近くを散歩していて見つけた場所だった。そこでは古い映画が3本ほど上映されていて、わたしは1番上映時間の近いサウンド・オブ・ミュージックのチケットを購入した。


修道女見習いのマリアがフォン・トラップの子供達の家庭教師として7人の子供たちに歌を教える。そしてトラップ大佐の前で披露したことを切っ掛けに彼らの冷え切っていた家族関係が暖かさを取り戻すのだ。しかしその後トラップ大佐と踊ったマリアは大佐に恋をして、それに動揺したマリアは修道院へ帰ってしまう。神のみを愛すと修道院に入ったときに誓ったマリアがその感情を受け入れられずにいるとき、院長が言う。


-the love of a man and woman is holy. You have a great capacity of love. You must find out how God wants you to spread your love.
-But I pledged my life to God. I pledged my life to his service.
-my daughter, if you love this man, it doesn’t mean you love God less.


それは院長がマリアに発した言葉であり、神がわたしに語りかけた言葉でもあった。


その日の夜、いつものようにヨハンと夕食を取っていたときに今日観た映画のことを話した。ーーつまり、神と人は同時に愛せるということを。ヨハンはそれを聞いて、なるほどと頷いた。食事はそれで終わり、片付けるとリビングのソファへ腰掛けた。ペントハウスの窓からはニューヨークの夜景が綺麗に見えた。不意にその窓の方に立っていたヨハンがわたしの名を呼んだ。立ち上がって歩いてゆくと、彼はわたしの手を取った。


「なまえ、キミはさっき神と人とは同時に愛せるって言ったな?」
「ええ、言ったわね」
「本当に、そう思うか?」
「…そうね、そうだとしたらいいなと、思うわ」


彼はわたしで、わたしは彼だった。
真剣な眼差しでわたしに問いかけ、その答えを聞いたヨハンは頷いて、跪いた。彼の手が握っていたわたしの右手に何かを差し入れる。ダイヤのついた、銀色の、


「結婚しよう」
「…ええ」


抱き合って口付けた。それは互いが互いを思ってする初めての口付けだった。腰を抱かれてベッドルームへ歩くと、ベッドの脇のテーブルに指輪を置いて、静かにベッドに座るふたり。もう一度口付けをかわしながら、ヨハンはわたしのワンピースのファスナーを下ろし、わたしはヨハンのシャツのボタンを外した。


今更恥ずかしがることなんて何もなくて、わたしは喘ぐ声を隠すこともせずに、ヨハンの指から与えられる快感に酔った。胸を這う指が乳首を潰す度に、下半身を弄るもう片手の中指が的確にわたしの好む場所を摩る度に、そして肩口に埋められるヨハンの舌が首を舐める度に、喘ぎ声を上げながらヨハンの髪を撫でた。ヨハン、ああ、ヨハン。いつもと違うのはわたしが喘ぎ声の合間に叫ぶ名前が、目の前にいる男の名前であったことだ。彼の肉棒を上下に摩ると、耳元でなまえ、と少し掠れた声がわたしを呼んで、わたしは堪らなく欲情した。


「…頂戴」


それが互いの躰に残る愛しい人の痕を探すのをやめた日だった。



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