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「ん…」


小さな声がして再び様子をみた。身じろぎをしてゆっくりとまぶたが開かれる。


霊幻は未成年に知らない女の世話を任せるわけにも、まして弟子の部活のメンバーに任せるわけにもいかず、結局己の家へとその女を連れ帰っていた。一人暮らしのワンルームに当然寝床がいくつもあるはずがなく、しかしぼろぼろの女性を床に転がすわけにもいかず、疲労困憊の体を椅子で休めることになってしまった。当然疲れはまともに取れていない。やっとか、そう思いながら女の方を向けば、少しだけ怯えたように女の瞳孔が開かれる。けれどそれもほんの少しの間のことで、次に大きく目を見開いたと思うと、表情は無表情へ戻った。


「あの…助けていただいたんですね。お布団もお借りしてしまって申し訳ありません、ありがとうございます…」
「おう。もしかして今俺の心かなんか読んだか?」
「すみません、起きたら知らない場所だったものですからちょっと動揺してしまって…爪は壊滅したんですね」


よかった。
そう呟いた女からは敵意や悪意は何も感じられず、むしろ世界征服が夢のまま終わったことに安堵しているようだった。


「お前は爪が乗っ取っていたタワーの…あー、跡地?から見つかったんだ。ボロボロだったからとりあえず連れてきて手当をしたんだが…」
「そのようですね。実はわたしちょっとした事情であの組織に監禁されていまして。もともと帰る家があったわけでもないのですが…とにかくわたしを監禁していた方はあなたが倒してくださったみたいなので。ありがとうございます。とりあえずこれ以上ご迷惑をおかけするわけにはいかないので行きますね」
「いやいや。お前いま帰る家がないって言ったとこじゃねーか。行くってどこへだよ」
「うーん、ネカフェとか…?」


監禁だとか不穏な言葉が聞こえたにしては呑気なものだった。霊幻は目の前の女から全く警戒心が感じられない。特に自分がこの女をどうしようと思っているわけでもなかったので、心の読めるらしい女は警戒する必要がないと判断したのかもしれない。


「お前、ずっと爪にいたなら仕事とかもねーの?」
「わたしの意思ではないのですが…まあそうなりますね」
「うちで働かね?家ならなんとかしてやるよ。生活できるくらいの金は出してやる」


テレパシストが一人いればできることは大いに増える。それは彼女を拾ったときから思っていたことだった。その意図に気づいているのかいないのか、彼女はパチパチと瞬きをした。


「わたし、みょうじなまえっていいます。霊幻さん」
「…まだ名乗ってねーけど」
「最初にちょっとのぞいたときに見えちゃっただけです。諸事情でずっと力を使えない状態だったのでコントロールできていないのかもしれません。徐々に慣れると思いますし、普段は人の心を読んだりはしていないので安心してください」


ーーこんなにうまい話があっていいワケ?
思わず霊幻は心の中で呟く。こうして霊幻は、たまたま連れ帰ってきた"諸事情"の多いテレパシストを、芹沢に続く4人目の従業員にすることに成功した。




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