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「何から何までありがとうございます、まさか保証人まで引き受けてくださるなんて」
「そりゃあウチの大事な社員だからな、困ったらいつでも言ってくれ」


瞳をキラキラと輝かせて人の優しさに感動しているらしいなまえは、本当にテレパシストだろうか。普段は人の心は読まないと言っていたしモブのように自分の力はあまり好きでないのかもしれなかった。とにかく霊幻の頭の中では浮気調査や占い、そのほか人の心を読むことで可能になるであろう新しいビジネスでいっぱいであり、せっかく見つけた優良株を家なき子にするなどあり得ない、そんな邪心100%で不動産屋を訪れたのであった。


「ふつうに働いてた頃の貯金が残っているので敷金・礼金は大丈夫です。本当にありがとうございます…」
「おう。それで、いつから働けんの?」
「そうですね、数日くらい部屋の中を整えればあとはすることもありませんから、来週のはじめからでも。」


契約の諸々はまたそこで話そう、そう告げて家具や何やらを買いに行くらしいなまえと別れた。付いて行ってもよかったが仕事に穴を開けることになるし、なにより今日はもう一人の新入社員の初出勤日である。諸事情により携帯電話を持っていないというなまえにまずは住所を持たせ、連絡はテレパシーでいいからと能力を無駄遣いさせて職場の地図を渡して霊幻はそのまま相談所へと向かった。


「やっぱりこれかな…マットレスが柔らかすぎると眠れないし…」


霊幻と別れたなまえはひとまずベッドを購入するために家具屋を訪れていた。
数日のホテル暮らしに困るほど貯蓄がないわけではなかったが、それでもそんな期間は短い方がいい。寝る場所だけでも確保しておきたいと真っ先に向かったのが寝具売り場であった。目をつけたマットレスとベッド、布団の一式をさっさと購入してしまうと、ついでに他に必要な家具を揃える。棚・テーブルや椅子の他に水回りのもの、キッチン用具などいくつか必要なものを購入し終えるとそれら全ての配送手続きを終えて店を出た。


「ーー久しぶりの青空、だなあ」


なまえは小さく呟いた。もうどのくらい「部屋」に閉じ込められていただろう。耳の奥に残る囁き声に、もう誰もいないとわかっていても体が震える。こんなところを人に見られたくなくて、震える足を必死に動かして先ほど予約させていただいたホテルへと急いだ。まだ実感がわかないけれど、もう終わったことなのだ。なまえはもうなるべく、昨日までのことなど考えたくはなかった。無理矢理に上を向けば、都心の喧騒の中、高層ビル群に切り取られた青い空。こんな小さな空でさえ。


「チェックインお願いします」
「いらっしゃいませ、かしこまりました。お名前をお願いします」


全てを振り払って鍵を受け取ると、ビジネスホテルの小さな部屋に置かれたシングルベッドに体を横たえた。ひとまず、眠ろう。ついさっきまで寝てたけど、夜ご飯もまだだけど、でも、今日はもう疲れてしまった。


そうしてなまえがまだ日も完全に沈まないうちから眠りについた一方で、霊幻は「爪にいたテレパシストのみょうじが明日からここに来る」と言って、モブからの「あの人うちで働くんですね」という言葉と「みょうじ…?そんな人いたかな…俺はあまりあそこに溶け込めてなかったからな…社長と5超以外とはろくに話したこともないし…」という芹沢からの切ない言葉を聞き流しながらホームページを更新するのだった。





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