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除霊ができるわけではない。
今まで霊に関わることや霊に関わらないーー腰痛とか肩こりとかーー相談ばかりを受けていた相談所でみょうじが役に立てることはそこまで多くはなかった。実際に霊であるエクボを視ることこそできるけれど、テレパシーを除き超能力が使えるわけでもなさそうだ、というのが2超能力者と1悪霊の見解であった。


その日の仕事は本物のようだ、と霊幻の直感が告げている。悪霊を相手どるにあたって外見は一般的な成人女性であるなまえを連れて行くのは従業員を危険に晒す行為ではないか。そう考え、依頼人から少しだけ目を外して、後ろでこちらをぼんやりと眺めているなまえをちらりと見る。


ーーまあ、芹沢とモブがいて一般人ひとり増えたくらいで危険になることはないだろう。
いつも何もしておらず同じく守られる側であるはずの自分を綺麗に棚に上げる霊幻であった。


「その依頼、この霊幻新隆が引き受けた!」


いつもの決め台詞とともに、残して行っても客の対応を勤め始めてまだ数日のアルバイトに任せるわけにもいかないか、と連れてゆくことを決めたのであった。


「ではカフェで待機していただいている間にサクッと!この私・霊幻新隆と従業員が解決いたしますので!1時間ほどお待ちください」
「ありがとうございます…!もう怖くて眠れなくて…霊幻さんだけが頼りなんです…よろしくお願いします…!!」


涙を流さんばかりの依頼人が現場から歩き去ってゆくのを、霊幻達4人(と1悪霊)は築15年のアパート2階奥の部屋のドアの前で見送った。数週間前にちょうど上の階に住んでいた住人が自殺してから、毎晩のように金縛りに遭い耳元で恨みに満ちた声が聞こえるのだという依頼人はそれ以降ほとんど眠れていないのだろう、目の下にははっきりと隈ができ、目は充血していた。どことなく嫌な気が感じられる、とは芹沢の談。そして今も霊幻以外の3人は扉の奥に、霊が活発に動く時間帯では全くないはずの太陽の高く登る昼であるにも関わらず、なにか禍々しい気配を感じていた。


「よし、とっとといくか」
「はい」
「鍵はもうもらってるんでしたっけ?」
「あ、霊幻さん忘れてそうだったので代わりに受け取っておきましたよ。どうぞ」
「おお、みょうじ、初仕事にしてはよくやるな。ありがとう」


お前こういうところで役に立てなかったら何をするんだ?というエクボの視線を受け流し、霊幻は扉を開いた。


「…部屋自体は普通だな」


扉を開けてすぐに見えるのは小さなキッチンだ。脇に開かれた扉があり、奥に部屋がある、典型的な一人暮らし向けの1K。緑色のカーテンが扉の向こうで揺れていた。霊幻は靴を脱ぐとゆっくりと玄関から部屋へ進んでゆき、ほかの3人もそこに続く。そして緑のカーテンのある部屋へと入り、足を止めた。


「…これは…」


依頼人がやったのかもともとそうだったのか、入った時には見えなかった壁は一面傷だらけであった。ところどころに血が滲んでいる。なまえはそれをみてゆっくりと近づき、その血にそっと触れた。


「!みょうじさん危ない!」


芹沢が叫ぶのとその壁が不気味に光りだしたのは同時だった。芹沢は咄嗟になまえを抱えて後ろへと下がる。再び壁を見ると、そこには黒く禍々しい「何か」が浮遊していた。ーー霊幻にも見えるのだから相当強力である。ガス状のそれは定まった形を取るでもなく敵意をむき出しにしながらも様子を伺うように壁の周囲を浮遊していた。


「…自殺した人間ひとり、という感じではなさそうですね」


モブが呟き、片手をその「何か」へ向ける。霊幻はそれを黙って眺め、芹沢は加勢するために同じように片手をあげた。


「…おうちを探しているの?」


唐突になまえが声を発し、ほかの3人は彼女を見遣った。
ガス状のそれは敵意や恨みの感情を持って浮遊しているが、ほかの3人には声が聞こえることはない。不思議そうになまえを見る彼らを放って、彼女はその何かに対峙した。


「家族のところに帰りたい?どこに住んでるの?もういないの?」


ゆっくりとそのガス状の何かに語りかけるなまえに、それは少しずつ何かの形をなしてゆく。相変わらず禍々しい気はそのままに、それはやがて色を帯びて、気づくと一人の女子高生が立っていた。しかし相変わらず言葉を発するわけでもないそれに、ほかの3人はただ見ていることしかできない。


「そっか。ねえ、じゃあお墓参りに行こうよ。車で1時間ならすぐだよ。わたしも一緒に行くよ。」
「えっみょうじさん、それは…」


モブが思わず呟いた。
けれどそれに振り返ったなまえは何も言わずに笑っている。モブはそれに思わず口を閉ざした。


「霊幻さん。お墓参りに行きましょう。多分、それで大丈夫」


誰もそれに対して賛同はできなかった。
特に害のない浮遊霊ならまだしも、相手は明らかに強い霊力を持った悪霊である。おそらくほかの霊を食らって力を得たのだろうその女子高生の瞳は暗く濁っている。けれど、まっすぐに霊を見つめてそう言うなまえに何も言えなかったのも事実だった。


「依頼人には少し長引くと伝えておく」


霊幻はそう言って背中を向けた。モブ、芹沢、そしてエクボはその悪霊から目を離さない。なまえだけが場違いな笑顔を浮かべていた。




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