きみにシグナル
「あのねあのねかっちゃん、初任給が入ったの」
「今日おまえんとこ給料日か。良かったな」
「見て、私自分が働いたお給料でこんな金額見たことない…!!」
働き始めて1ヶ月が過ぎた頃、
社会人になっての初めての給与。
学生のころに田舎のコンビニで深夜バイトしてた時より全然大きな額に思わず目を輝かせる。
諸々の必要経費を差っ引いたとしても
手元には自分で自由に使えるお金が残る。
そうやって出来るのは間違いなく目の前にいる幼なじみのおかげで。
「かっちゃん、あの…日頃の感謝を込めてお休みの日にせめてご飯か何かを奢らせてくださ…」
「貧乏人に奢られる趣味はねーよ」
「うっっっ」
返す言葉もない。
「俺のことはいいからその金でかーちゃんたちになんか買ってやれ」
「それはそうなんだけど…」
彼が言葉の割に優しいのは昔からだ。
でも、やっぱり何かお返しがしたい。
そう思っていると、
「まあでも今度の休みどっか出掛けるのはアリだな」
最近忙しくてなまえがこっち来てからどこも連れて行けなかったし。
と言葉を続ける爆豪に嬉しそうになまえは頷いた。日頃の感謝のお礼はその時にすればいい。
「今度の土曜日でいいか?」
「大丈夫!楽しみにしてるね」
そしてその日の昼。
今日は自分への勤労のご褒美を兼ねてランチは外で食べようと決めていたなまえ。
午前の仕事を片付け、財布を握りしめ席を立った。
「お昼休みに行ってきます」
「お、みょうじさん、今日は外に行くのか、行ってらっしゃい」
「ありがとうございます、私この職場に来てお昼休み、外で食べるの初めてなんです」
「ここら辺はおしゃれなお店もたくさんあるからゆっくり行っておいで」
「はい!」
スタッフにそう見送られ、事務所を出ようとした時。
「みょうじ」
不意に誰かに呼び止められる
「…あ、轟さん!お疲れ様です」
「今から昼か?」
「はい!轟さんがこんな時間に事務所にいたなんて思わなくて驚いちゃいました」
そんななまえに轟から思いがけない提案が。
「みょうじが良ければ今から昼、一緒に行かねえか」
「へ?!え!!いいんですか?こちらこそご一緒させてください」
「みょうじになんか食べたいもんあれば連れてやる」
「私実はここらへんのお店、よく知らなくて。なので轟さんのおすすめのお店がいいです」
「…そしたら俺のお気に入りの蕎麦屋行くか」
「是非!そこがいいです!」
しばらく歩くと目的の蕎麦屋に着く。
既に店は多くの客が並んでいた。
「わ、すごい人」
「まァ昼時だからな。でも味も並ぶだけある」
並ぶとは言っても、蕎麦屋なので回転自体は早く、少し並んだだけで店内に案内される。
そしてなまえは手元のお品書きを見て、その種類に圧倒された。
「お蕎麦の種類がたくさんある…」
正直なまえはこういう蕎麦屋に来るのは久しぶりで、
大体蕎麦と言ったらスーパーの値引きされた消費期限間際のものを買ったり、
バイトをしていたコンビニで廃棄期限をむかえた蕎麦(に限らず弁当)を店長に頼んで家に持ち帰り食べる生活をしていたので
何がいいかわからず、どれにするか決めかねていた。
(んーー、お給料が入ったからって浮かれてそんな贅沢しちゃ…いやでもせっかくの外食だし…)
と、むんむんと唸りながらどれにするか迷う姿に
轟は普段はあまり変えない表情を崩しながら
「みょうじがざるそば好きだったら、これとかいいぞ」
と自分のおすすめを教える。
「…ぅあ、…えと、じゃあそれで!」
また笑われてしまった。
そろそろ頭のネジが緩んでいる変なやつと呆れられるのではないかと心配し、
なまえは慌ててすすめられたものを注文した。
程なくして蕎麦が運ばれ、
「「いただきます」」
2人は声と手を合わせて食べ始める。
「んーー!美味しい…っ」
そして幸せを全面に声に出して蕎麦を食べるなまえの姿に轟は箸を一旦止め、ポツリと呟く。
「みょうじってほんと子犬みたいだな」
「こ、こいぬ…?!」
なまえは頭の中で、小さな犬がきゃんきゃんと鳴きながら、元気よく走り回る姿を想像した。
「それは一体…」
褒められてるのか貶されるのか。
「ちゃんと褒めてるぞ」
「よ、良かった…」
悪い意味ではないと分かりほっと胸をなで下ろす。
「実際事務所のスタッフもみょうじが来てから事務所の雰囲気が明るくなったって喜んでる。俺もみょうじと話してると和んでつい気が緩んじまう。ありがとな」
職場の人たちに自分のことをそんな風に思って貰えるのは、お金を貰うことよりずっと嬉しいことで。
「…っはい、こちらこそふつつか者ですがこれからもよろしくお願いします…っ」
周りの人達のためにこれから、もっともっと頑張ろうと決意したなまえだった。
そして2人が蕎麦を食べ終わった後、轟はさっさと席を立ち、会計を済ませてしまう。
「ま、まって轟さんっ…私の分は…」
「奢られるのも、新入社員の仕事だぞ」
「…ありがとうございます。ごちそうさまでした。お蕎麦、美味しかったです」
ぺこりと頭を下げるなまえに
「これくらいいつでも奢ってやる」
と言った轟の表情はやはりとても優しかった。
(私こっち来てから色んな人に食料を恵んでもらってばっかりな気がする…!)
やっぱり自分が餌付けされる子犬に思えてきたなまえだった。
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