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最初はただ、少し面白い女の子だと思った。
中途採用ということもあってこんな中途半端な時期に入社してきたユリ。
初めて会った日。
挨拶をして握手をしようと手を差し伸べても、彼女はボクと目を合わせようとしなかった。
「良かったらちゃんとボクの顔を見てくれないかい?」なんてからかいの混じったセリフを言って少し顔を近づけただけで、彼女の頬がみるみるうちに赤く染まっていくから、おや、と思った。
こんな事は初めてだった。
自分で言うのもどうかと思うけれど、この会社の女性のほとんどは色目を使ってボクのことを見てくる。
いい大学の出身だからというのもあるのかもしれないが、自分に自信のある女性ばかりで、彼女たちはボクと話す時、まっすぐにボクと目を合わせて話す。まるで「綺麗な私を見て」とでもいうように。
そして彼女らは口々に言う。
「本当に素敵ですよね、エドさんて」「エドさん、今度食事でもご一緒しませんか?」と、自信を浮かべた瞳で。
別にそれに嫌悪を抱いているわけではない。
うっとおしいと思っているわけでもない。
ただ少し、そんな視線に晒され続けると息が詰まりそうになることがたまにあった。だからそんな時、自分を癒してくれる存在が欲しいといつからか思うようになっていった。
そんな時に出会ったのがユリだ。
初めて食事に誘った時は少しの好奇心と、少しの興味があったからだ。
それがどうだろう。
話してみれば彼女は本当に裏表がなくて(ものすごく緊張はしていたようだったけれど)、ボクに対して色目を使うことも一切なかった。
それがただただ心地よくて、安心した。
そして逸らされ続けているその視線をなんとか自分に向けたいと思うようになっていった。
ほとんどゲームのような感覚だった。
それが社内でユリとヨハンの仲が噂されていると知った時覚えた感情は、間違いなく嫉妬だった。
そして嫉妬に駆られ、無理やりに近い形で車の中でキスをした。ユリの唇の感触を味わってしまうと、ますます手に入れたいという気持ちが強くなっていった。
けどこれはただの独占欲で、まさか自分が誰かに本気になるなんてありえない。
「これは恋ではない」
ボクはボクに言い聞かせた。
それが打ち砕かれたんだ。
ーそう、たった今。
営業回りから帰ってきて、少し休憩フロアでコーヒーでも飲もうかと思ってそこに差し掛かった頃、聞き覚えのある声が聞こえてきて足を止めた。
「少しの間…私の手、握っててくれますか」
「(…ユリ?)」
ユリとヨハンが、向かい合って座っている。何を話しているのかと様子を見守っていると、ヨハンがユリの両手をそっと包み込んでいるところだった。
ユリはヨハンの両手にとても安心したように目を閉じている。
その表情を見て思った。
ユリがボクにあの表情を向けることはこれから先、絶対にない。あの表情はヨハンのものなんだ。
ボクはギリ、と奥歯を噛むと、そっとその場を去った。人気のない廊下で立ち止まり、行き場のない感情をどうしていいか分からず、力任せに近くにあった壁を殴る。ドン、と鈍い音が廊下に響いた。
「ー違う。恋なんかじゃない」
笑わせるな。
ボクが誰かに本気になるわけがないじゃないか。だからこれもただの一過性のものだ。絶対にそうなんだ。
そうだとするなら、この胸の痛みはなんなのだろう。どうしようもなく疼いて、息苦しささえ覚えてしまうような。
「…バカだな、ボクは」
とっくに気付いていたというのに。
ボクがユリに恋をしていたということ。
彼女がヨハンに見せていた、あの安心しきった表情が瞼の裏に焼き付いて離れない。あれがボクに向けられることはきっと、一生ない。
ーどんなに願っても、彼女の隣にいられる人間はボクではなく、ヨハンなんだ。
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