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「…少し遅くなっちまったな…」
家路を行く途中、オレは一人で呟いた。
今日は会社の接待だった。
せっかくの金曜日の夜、せめて親しい友人と呑んで帰るか、とっとと帰ってゆっくりと羽を伸ばす方がよっぽど有意義な時間の使い方だろうと思うけど、これも仕事の一貫なのだから仕方ない。
「はー。社会人って大変だよな…」
ため息をひとつ。
それから夜空を見上げて、頭に浮かんだ彼女のことを考える。
ユリ。
つい数時間前に会社で会ったばかりなのに、もう君に会いたくなる。
隣にいて話をしているだけで心が満たされて、笑顔を見ているだけで幸せだと思える、そんな存在。
時計を見ればもう夜の21時半。
おそらくとっくに家に着いてるだろう。彼女は夕食は何を食べて、そのあとどんな風に過ごすんだろう。
「…あーっ、ダメだこりゃ」
ぐしゃぐしゃと自分の髪の毛をかき乱す。
心の中が彼女でいっぱいでどうにかなりそうだった。
「…ん?」
そんな時、カバンの中のケータイが震えた。
何気なしにそれを手に取り画面を見ると、ユリからメールが来ていた。
『会いたい』
そのたった一行だけ。
こんなメールが来たことは今までなかった。何か緊急な事なのだろうかと思い、オレはすぐに電話を掛ける。
何コール目か分からない、長いコール音のあと、通話が繋がった。
「もしもし、ユリ?どうした?」
「…」
「ユリ?何かあったのか?」
「…ヨハン、さん…わたし…」
それきり、彼女は黙りきってしまう。
通話音の背景には、虫の鳴く声や微かな風の音。外にいるのだろうと分かった。
「今どこにいるんだ?すぐに行くよ」
「…公園、です。家の…近くー」
「おい、ユリ?」
通話はそれっきり途切れてしまった。
以前、歓迎会の帰りに彼女を送ったから、場所は知っている。
オレはかけ直すよりも早く、走り出していた。
走っている途中でタクシーを拾い、オレはユリの家の近くに到着した。そのまま走って、公園がないか探す。
辺りを見回し、マンションからほど遠くない場所にに小さな公園があるのを見つけた。
そこに彼女はいた。街灯近くのベンチにひとりで座っている。
「ユリ!」
オレは息を切らせながら彼女に走り寄った。
近くに行ってはっとする。背もたれに軽く寄りかかり、寝ているではないか。
「ユリ、どうした?大丈夫か?」
慌てて隣に座って彼女の両肩を軽く揺さぶると、夢から醒めたのか、その両目をゆっくりと開いた。
「んん…ヨハン…さん…?」
「ああ。心配だったから急いで来たよ。一体どうし…」
最後まで言い終わらないうちに、驚く事が起きた。ユリがオレの身体に両腕を伸ばし、抱きついてきたのだ。
そして胸に頭を預け、「ヨハンさんだぁ」と呟くように言う。オレは突然のことに戸惑いを隠せなかった。
ワイシャツ越しに伝わってくる彼女の体温がひどく高いように思える。
「…ユリ、もしかして酔ってるのか?」
「んん…?酔って、ませーん…よっ」
「(…これは酔ってるな)とりあえず、水でも買ってくるよ。ちょっと待ってー」
「…いや、…行かないで…」
立ち上がろうとするのを制止するように、彼女はワイシャツを軽く掴んで、とろりとした目をオレに向けてきた。頬は赤くて、口からは熱い息が溢れている。
そんな彼女の表情を目の前にして頭がくらくらする。このまま抱きしめ返して、その唇に自分の唇を思い切り重ねてしまいたいと思った。
その気持ちを必死で押しとどめているオレに、彼女は追い討ちをかけるようにこう言ったのだった。
「…離れちゃ、やだ…」
ー理性が、激しく揺さぶられる音がした。
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