25
数分後、オレはユリの身体を支えながら彼女のマンションの玄関の前に立っていた。
もちろん家に上がる気なんて全くなかった。
こんな状態のユリを目の前にしておきながら何もしない自信がなかったし、そしてそうなってしまった時絶対に後悔すると分かっていたからだ。
だから彼女を家の中に入れてやって、それで帰るつもりだった。
「ユリ、家の鍵はあるか?」
「んん〜…鍵ぃ…?」
果たして彼女はオレの言葉をちゃんと理解できているのだろうか。ほら、と彼女のカバンを差し出すと、彼女はそれをしばらくほけーっとした表情で眺めたあと、おもむろにオレの腰に腕を回してきたではないか。
そして顔を近づけてきてへらりと微笑む。
「お、おいユリ?!何してるんだっ」
「ふふ…ヨハンさん〜…いい匂いぃ…」
「そうじゃなくて、鍵だって!」
「へ…?かぎぃ…?」
だめだこりゃ。
オレは悪いと思いながらも彼女のカバンを開けて、小さなキーケースを手に取った。
どうせ通じてないんだろうと思いながらも、「開けるよ」と一応彼女に言い、玄関の鍵穴に鍵を差し込んで捻ると、ガチャリと音がした。そのまま扉を開けて彼女とともに室内に入る。
「ホラユリ、家に着いたよ。水でも飲んで、ちゃんと酔いを醒ますんだな」
「はぁーい」
「…大丈夫かな…。じゃあオレは帰るから。また何かあったら連絡くれ…」
くるりと踵を返したところで動きが止まる。
彼女が後ろからオレのワイシャツを掴んでいたからだ。
「ヨハンさん…かえっ、ちゃう、の?」
「へ?」
「や、だぁ…帰らないでぇ…」
しゃくりあげるような声に、思わず振り返る。
驚くことに彼女はポロポロと涙を流しているではないか。
「いっちゃ、やだぁ…やなの〜…」
「で、でも、上がるわけにはいかないんだよ。分かるだろ?」
「分かんないもん…っ、うわぁあん!!ばか!!」
そして崩れ落ちて俯いてしまった。
オレは慌ててしゃがんで彼女の肩に手を置く。
「わ、悪かったよ。じゃあ少しだけなら…」
「わぁい!やったあー!」
「………」
そういえば歓迎会の時、あんまり酒癖が良くないとか言ってたっけ。あんまりってレベルじゃないぞ、これ。
というか、もしオレ以外の男の前でこうなったらどうするつもりなんだ。
急に機嫌を良くしたユリに倣って自分も靴を脱ぐと、オレはまた彼女の身体を支えながらリビングへと入っていった。
彼女の部屋は白を基調としていた。
「女の子」らしさがありつつも、やっぱり趣味だという宝玉獣の小物やグッズ、ぬいぐるみが沢山部屋に置かれていた。
その中に、この前一緒にカフェに行った際に購入していたグッズが置かれていて、それを見てオレは思わず小さく微笑んだ。楽しかったな、あの日。
向かって左側にテレビが置かれていて、部屋の中央に小さなローテーブル。右側にベッドがあった。
彼女の足元はふらふらとおぼつかない。
とりあえずベッドに腰掛けさせて、「水を持ってくるよ」と声をかけてとなりにあるキッチンに向かった。
コップに水を入れて戻ってくると、ユリはベッドの上で俯いたまま、ぼうっとしていた。先ほどまでの表情とは違って、どこか遠くを見つめているような感じだ。
「水、持ってきたよ。飲んでおいた方がいい」
彼女はそれを素直に受け取り、こくりと音を立てて半分ほど飲んだ。そしてオレを見上げると、「ジャケット」と呟くように言った。
「え?ジャケット?」
「脱いで…ください。動きづらそう」
「ああ。まあ…」
確かにスーツなんて窮屈なものだ。
オレはユリの言葉に甘えて濃紺の背広を脱ぐと、近くに畳んで置いた。
ユリは危なげな動作でローテーブルにコップを置くと、立ち上がり、オレの身体に腕を伸ばしてきた。力があまり入っておらず、支えていないと今にも倒れそうだ。
というか、こんなに簡単に、それも何度もオレの理性を揺るがさないでほしい。もしかして神様かなんかに試されているのだろうか。
「…っ!あぶな…!」
不意にユリの力が抜けて、倒れそうになる。オレは咄嗟に彼女の頭を手で抱え、もう片方の腕で身体を支えようとしたけれど、間に合わずに共にベッドに倒れ込むような形になってしまった。
ドサッと豪快な音を立てる。
頭は打たずに済んだようだとホッとして彼女を見下ろし、急いで身体を離そうとしたけれど、「ヨハンさん」と消え入りそうな声が彼女の口から溢れてきて、オレは動けなくなってしまった。
「ユリ…?」
覗き込んだ彼女の顔は、次から次へと溢れている涙で濡れていて。まるで救いを求めるかのように、縋り付くようにして伸びてきた腕は、小さく震えていた。
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