28
「とりあえず、水を飲んで横になってた方がいい。二日酔いだろ?」
「…はい、おっしゃる通りです…」
「その前に、何か食べられそうなら簡単なもの作るけど、どうだ?」
「えっ?!い、いいんですか?」
「ああ。一人暮らしして割と長いからさ。料理も多少はできるぜ」
「え…えっとじゃあ…お願いします…どれ使っても大丈夫なので」
「そうか。じゃ、ちょっとキッチン借りるよ」
まさかヨハンさんに料理をしてもらえるなんて。シンクは綺麗にしてたっけ、洗い物は終わってたっけ、冷蔵庫の中にちゃんと食材があったかな、なんて頭の中でぐるぐると考える。
ドアさえ開いていれば、リビングからでもキッチンの様子は伺える。横目でそっとヨハンさんの姿を盗み見ると、ワイシャツの袖のボタンを外して肘の辺りまで捲っているところが見えた。たったそれだけのことなのにキュンとしてしまう。
調理道具の場所も難なく見つけたようで、私が何かを手助けする隙もなさそうだ。手持ち無沙汰になってしまい、大人しくベッドに寄りかかる。
「(…そういえば今週分のアニメ、まだ見てないや)」
録画していた、宝玉獣のショートアニメを再生する。約15分程度の一話完結型で、何も考えずに見られるところも好きだった。
二日酔いで鈍い痛みを頭に感じながらもアニメを流していると、やがてヨハンさんがトレイを持って姿を現した。
「お待たせ。口に合えばいいけどな」
「わぁ、美味しそう…!」
トレイの上にはフォークと、ポトフが入った取っ手付きのスープカップが2つずつ乗っていた。
「オレも腹減っちまってさ。一緒に食っていいかな?」
「もちろんです!!」
私とヨハンさんは「いただきます」と手を合わせる。
人参やキャベツ、じゃがいもにウインナーが入った、湯気の立っているカップを手に取ると、コンソメの香りがふわりと漂ってきた。
「…美味しいです…!」
「そうか?良かった」
「すごく優しい味です…まるでヨハンさんみたい」
「え?」
「あっ、ううん、なんでもないです」
自分で言ってしまってから恥ずかしくなってしまい、慌ててごまかした。スプーンを咥えながら疑問符を浮かべるヨハンさんの姿が可愛いらしいな、と場違いなことを思いながらも、私はまたポトフを口に運んだ。
「…ごちそうさまでした。ホントにとっても美味しかったです」
「そっか。良かったよ」
具合が悪いにも関わらず、私はポトフをあっさりと完食してまった。そんな私を見て、ヨハンさんは嬉しそうに微笑んでいる。
コップの水を一口こくりと飲んだところで、私はぽつりと呟いた。
「…ヨハンさんには本当に、助けてもらってばっかりですね、私」
「気にするなって」
「こ、今度、私にもご飯作らせてくれませんか?その、私にも女子力があるということをちゃんとアピールさせて欲しいですっ」
泥酔したところを介抱してもらったり、気遣って料理してもらったりと、今のところまるでいい所を見せることができていない。
むしろ少女漫画とかなら立場が逆なんじゃないかってレベルだ。
「…それは、ユリがオレの家に来てくれるってこと?」
「はい!その、今日のお礼も兼ねて…」
いい案だと思った。
本当に感謝していたし何かお礼がしたいと思ったから。けれどヨハンさんはそんな私を見て、小さくため息をついた。
「ユリは無防備すぎるよ。酔っていたとはいえ、帰らないでって泣きながら言われたら、大抵のヤツは耐えられない。大体この状況だってちゃんと把握してるのか?」
「え?えっと…」
「オレの気持ちは知ってるよな?そんな男と家で2人きり。何があったっておかしくないんだぜ」
「……」
ヨハンさんは真剣な眼差しを私に向けている。
彼の言う通りだとは思う。私の行動は世間的に見ても、あまりにも軽率で愚かだ。
けれどひとつだけ、ヨハンさんが勘違いしていることがある。
「…私、誰にでもそんな行動とったりしません。ヨハンさんだから…。ヨハンさんの前だから、その…無防備に、なれたんです…」
この発言は大胆すぎただろうか。
顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、最後の方は消え入りそうな声になってしまった。
とてもじゃないけどヨハンさんの方を見れなくて、早く次の言葉が返ってくるのを待っていたけれど、なかなか静寂が破られることはなかった。
おそるおそる彼の方に視線をやると、顔を真っ赤にして、手の甲で口元を隠しているじゃないか。
「…それ、反則…。可愛すぎるって」
「!?え、ええっ?」
「あー…もう駄目だ。一生懸命我慢してたのに。ユリはずるいぜ」
「ずるいって…」
どういうことですか、と尋ねる前に、ヨハンさんの手が私の頬に添えられた。そして驚いたのも束の間、温かくて柔らかいものが私の唇に重ねられていた。
「っん…」
数秒くらいだったと思うけれど、もっともっと長く感じられた。ちゅ、と小さな音を立てて唇がゆっくり離れていったかと思うと、ヨハンさんは私の額に軽くキスを落として囁いた。
「…好きだよ」
「…っ」
「キーホルダーを拾って、初めて出会った日…可愛い子だなって思った。それだけだったはずなのに、ユリと話せば話すほど、好きになってく自分がいた」
慈しむような眼差し。
ドキドキと心音がうるさいのに、その綺麗な瞳から目を逸らすことができなかった。
「誰よりも側にいて、ユリの笑顔を守りたい。…少しずつでいいんだ。オレの気持ちに、応えてくれないかな」
「…」
きっとヨハンさんは気づいてる。
私がヨハンさんの事を好きだということも、私が気持ちに応えることにためらっていることも。
ーだって、怖いんだ。
ヨハンさんも、「あの人」と同じように離れていってしまうんじゃないかって。
「あの人」と同じように、私を置いていってしまうんじゃないかってー
「…ゆっくりでも、いいですか」
「ん。…待つよ。いくらでも」
「…っ、はい…」
私はこの人の事が好きだ。
けれど今、臆病な私がそれを伝えることはできない。
ーだからせめて。
私はヨハンさんの身体に手を伸ばして、その胸にそっと身体を預けた。
1/48
prev next△