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『なぁ、今日、これから空いてるか?』
「今日…ですか?」


ちら、と時計を見ると夕方の16時半。
突然携帯にかかってきた電話の相手はヨハンさんで、一体なんの用事だろうと私は首を傾げながら言葉を続けた。


「特にありませんけど…どうしたんですか?」
『あ、いや…用事があるとかじゃないんだ。ただ、一緒に夕飯でもどうかなって。ほら、夏祭りの日以来会ってないだろ』
「…そうですよね」


私だってヨハンさんに会いたい。
結局夏祭りのあの日、ヨハンさんに手を引かれて十代さんたちの元へ戻ったのだけれど、その直前で私と彼が繋いでいた手は解かれた。


解かれたというよりも、私からそっとその手を解いた。由季さんに、手を繋いで歩いているところを見られたくないと思ってしまったからだ。
その瞬間、ヨハンさんが私の方を見て何か言いかけたようにも思えたけれど、何かを告げられる事はなかった。


由季さんの気持ちを知ってしまったからには、以前と変わらず振る舞うのは無理だった。それが出来るほど私は上手く立ち回れるような人間ではない。


『…ユリ…?』
「あ、ごめんなさい。…少し考え事をしてました」
『ダメかな。…会いたいんだ。ユリに』
「…っ」


ドキっと心臓が音を立てる。
電話越しのヨハンさんの声に切なさが含まれているのがよく伝わってきた。


「…私だって、会いたいです」
『そうか。…良かった。同じ気持ちでいてくれて』


断られたらどうしようと思ったよ、と彼は続けた。ヨハンさんは分かってない。「会いたい」と言ってくれた言葉を無下にするなんて私には絶対にできない。それほどヨハンさんの事を好きになってしまっているという事。


『…じゃあ、後でな』
「はい」


会話を終えて、終話ボタンを押す。
急いで軽く身支度を整えて、着ていく服を選ぶ。そして近くにあったバッグを手に取ると、私は家を出た。






「ユリ!」


駅に着くと、改札口を出たところでヨハンさんが待ってくれていた。
白い半袖のシャツに黒いベスト、ジーンズを履いて完璧に着こなしている彼の姿は相変わらずモデルさながらだ、と思う。


「待たせちゃいましたか?」
「いいや、大丈夫だよ。じゃ、行こうか」


にこ、と軽く微笑みを向けてくれると、自然な動作で私の右手を取って歩き出した。少し驚いているとそのまま指と指を絡められて、よく言う「恋人繋ぎ」をされる形になる。

顔を赤らめてヨハンさんの横顔を見上げると、彼も同様に少し照れたような表情をこちらに見せた。


「手、こうやって繋いで歩きたかったんだ。少し緊張するな」
「は、はい…少しっていうかかなり…」
「…ん、ゴメン。でも離したくない」


そう言われて手を離せる女の子なんて、この世に存在するだろうか。私は更に赤くなった顔を誤魔化すために、俯いてヨハンさんの隣を歩いた。


「夏は日が落ちるのが遅いな。…夕焼けが、綺麗だ」
「本当ですね…」
「…ホントはさ、夏祭りの次の日からだって、毎日連絡したかった」
「え?」
「ユリの声が聞きたくて、ユリに会いたくて。でも何日か我慢したんだぜ」
「どうして?」
「だってさ」


一度立ち止まって。少しだけ眉根を下げて微笑みながら、ヨハンさんは私の顔をじっと見た。


「オレばっかり好きで、ユリを困らせたくなかったから」
「っ…」
「でも結局会いたくて連絡しちゃったんだけどな」


静かに、美しく。
夕焼けがヨハンさんの顔を照らす。


「…で、夕飯、何か食べたい物あるか?この辺ならオススメの店いっぱいあるぜ。なんせ地元だし」
「…それなら、……たい、です」
「え?」


ふわ、と零れ落ちる水のように。
由季さんへの負い目がありながらも、目の前にいるこの人に対する気持ちが溢れて、溢れて止まらなかった。


「それなら…ヨハンさんのお家で、夜ご飯を作りたいです。あの時の…お返しに」


彼が息を呑む音が聞こえる。
私の心臓の鼓動がうるさいくらいに耳を打つ。


まるで坂を滑り落ちていくボールのよう。
ヨハンさんが好きだという気持ちを、もう止める事はできなかった。

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