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あの日、ヨハンさんは私に愛をくれた。
全身を慈しむように撫でてくれて、身体中の至るところに柔らかく口づけを落としてくれた。
何度も「好きだよ」と言って、抱き締めてくれた。
私の中がヨハンさんで一杯に満たされて、同じくらいの幸せが心の中から湧き上がってきたのを感じた。
でも私の心の片隅にはやっぱり、あの日見た由季さんの姿が見え隠れしていた。
恋をしている表情。幸せそうな笑顔。
その光景が滲んで歪んでは私を苦しめる。
「…ユリちゃん?どうかした?」
「!由季さん…」
「もうお昼の時間だよ。一緒に行こ?」
背後から由季さんの声がして、私は驚いて振り返った。時計を見ると確かにお昼休憩の時間になっている。
夏休みはあっという間に終わってしまった。
その間はヨハンさんとなるべく一緒に過ごして、余計なことを考えないように努めた。
それでもこうして会社で由季さんと顔を合わせるのは必然で。私はどう振る舞うのが正解なのか、まるで答えが見つからなかった。
「どうしたのユリ、体調でも悪い?」
「明日香さん…。いえ、大丈夫です!お昼いきましょう」
何食べようかな、と努めて明るく振る舞ってみせると、明日香さんと由季さんはお互いに顔を見合わせてたけれど、特に何も触れないでくれた。
午後の仕事もひと段落ついて、自販機にコーヒーを買いに行こうと廊下に出た時、向かい側からヨハンさんが歩いてくるのが目に入った。
ヨハンさんは私を見つけると、にこっと優しく笑うと「ユリ」と名前を呼んでくれた。
「休憩行くのか?」
「ちょっと眠気覚ましにコーヒーでもと思って。ヨハンさんも休憩ですか?」
「うん、今日はこのあと外回りに行かないといけないから、一休みしとこうと思ってさ」
「えっ、これから?大変ですね」
「まあな。そのまま帰れるトコだけは嬉しいけど。…ユリもあと一息、頑張れよ」
そう言うと優しく頭を撫でてくれる。
終わったら連絡するよ、とヨハンさんは言い残し、去っていった。小さくなっていく背中を見て、途端に寂しさがこみ上げる。
不思議だ。夏休みの間あんなに一緒にいたはずなのに、またずっとそばにいて欲しくなる。
あんなに沢山触れてくれたはずなのに、またその手の温もりを独り占めしたくなってしまう。
「(私…ワガママだなぁ)」
コーヒーを買うために自販機のあるフロアまで歩いて向かう途中、応接室から声が漏れているのが聞こえてきた。今日は他の会社の人が営業にでも来ているのだろうか。
「(まぁ、事務仕事の私には関係ないか…っと)」
休憩フロアにたどり着き、自販機の前に立つ。今日は微糖のコーヒーにしよう。仕事部屋は冷房が効いているから、ホットで。
お金を入れてボタンを押して、出てきた缶コーヒーを手に取る。
「このあと外回りなんだ」と言っていたヨハンさんの姿を思い出したら、自分も頑張らなければいけないという気持ちになり、フロアでゆっくりする気が失せてしまった。
すぐに戻って仕事をしよう。
そして家に帰って、ヨハンさんからの連絡を楽しみに待とう。
そう思ってくるりと振り返った時だった。
「…ユリ…?」
ー時が、息が、止まった。
だって目の前には、かつて大好きで仕方なかった人。ずっと一緒にいたい、と強く願ってやまなかった、その人がそこにいたから。
「亮…」
これは現実なのだろうか。
夢の中ですら追い求めた姿が、今そこに在った。
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