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私と亮は、大学生時代、恋人同士だった。
付き合うきっかけはほんの些細なことで、講義でたまたま席が隣になった時、私が教科書を忘れて亮に見せてもらった事から始まった。
『えー、では教科書の38ページを開いて…』
広い講義室に先生の声が響く。
私は鞄の中をもう一度見直した。やっぱり入っていない。
『(…参考書家に忘れた…)』
がっくりと肩を落とす。
この講義は必修科目ではなく、もともと興味があって自分から選択した科目だ。今日も割と学ぶ気満々で来たというのに、教科書がないのでは十分に学べそうにない。
『(…仕方ない、今日は教科書ナシで受けるか)』
はぁ、と小さくため息をついてシャーペンを手に取った時、隣からページを開かれた教科書がスッと私の横に滑り出た。
驚いて隣を見ると、丸藤亮が机に肘をつきながらこちらを見ている。
『え…』
『忘れたんだろう、教科書』
『は、はい』
『一緒に見よう』
そう言って口元だけで微笑んだ。
普段はクールな振る舞いをしていそうなイメージなのに、想像していたよりもずっと柔らかな笑顔だ。その表情を目の前で見ただけで、私の身体は熱くなってしまった。
なぜ私が亮の事を知っていたのかというと、答えは単純で、彼は大学でも有名だったからだ。
スタイルよし、頭脳よし、顔よしの三拍子が整っている上、彼女の影はなく、女子達に人気が出るのは当然だった。
かくいう私もその中の一員で、大学内で彼を見掛けるたびに胸をときめかせていた1人だ。
その彼がどういったわけか私に興味を持ち、密かに付き合うようになった。
そのクールな振る舞いと美貌からはあまり想像がつかなかったけれど、亮は日向を歩くのが好きだった。天気の良い日は決まって外を歩き、その隣を私が歩いた。
足が長い亮は歩くのが少し早くて、隣を歩くのに早歩きをしなければ追いつけない。
それに気づいた亮が私に歩くペースを合わせてくれた時は嬉しかった。
人が多い道を歩く時は、私が転ばないようにと軽く腰に手を添えてくれたり、ヒールのある靴を履いている時は痛くないかと心配をしてくれたりした。
そんな優しさを持つ亮を大好きになるのに時間はかからなかった。亮もまた同じ気持ちでいてくれたようで、大学を卒業したら一緒に暮らそうという話すら出ていた。
『好きだ、ユリ』
初めて亮の部屋で抱かれた夜も、つい昨日のことのように思い出せる。あの頃の私はとても幸せだった。
このままずっと亮といて、亮の隣を歩いていって、生涯を共にするんだと本気で思った。本気で彼を愛していた。
けれどそんな幸せな日々はある日突然、終わりを告げる事になる。
『…別れて欲しい』
『えっ…?ど、どうして急に…?』
あまりにも突然だった。
いくら理由を聞いても、亮はただ黙って口をつぐむだけ。
訳もわからず混乱していたけれど、次第に涙がこみ上げて止まらなくなっていく。亮はそんな私に手を伸ばしかけたが、その手が私に触れることはなかった。
『…悪い、ユリ。オレはお前と一緒にはいられない』
『そんな…待って、待ってよ亮…!』
去っていく背中に向かって声を張り上げても、亮はこちらを振り返ることはなかった。私は声が枯れるまで泣き、その場に崩れ落ちることしかできなかった。
『…置いていかないで…』
やっとの思いで喉から絞り出した言葉すら、届きはしない。
その日を境に亮とは一切の連絡が取れなくなり、彼は私の前に姿を現すことはなくなったのだった。
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