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「亮…」
自販機から取り出した缶コーヒーを、私は思わず取り落としてしまった。
目の前にいるのは、夢にまで見た人物。
会いたくて仕方なかった。最後に会った時よりも引き締まった表情をして見える気がするのは、彼がスーツを着ているからだろうか。
「どうしてここに…」
「…勤めている会社の取引先だからな。今日は商談があって来た」
亮は緩やかな動作で落ちた缶コーヒーを拾い、距離を詰めて私に向かって差し出した。戸惑いながらもそれに手を伸ばして受け取る。
その際指先が軽く触れてしまって、心臓が大きく波打つのを感じた。
「…ユリ、オレは…」
「あ、いた!丸藤課長!クロノス部長が呼んでます」
亮の背後から、付き添い人と思われる美人な女性が姿を現した。亮は視線だけそちらにやり「すぐに行く」と言うと、彼女が去ったのを確認して再び私に視線を戻した。
「下の駐車場で待ってる。白い車だ。終わったら来てくれ」
「…」
そう言い残すと背中を向けて去っていく。
残された私は、呆然とその姿を見送ることしかできなかった。
決して、元の関係に戻りたいとは思わなかった。急に別れを告げられた時はあんなにも寂しくて苦しくて、また彼に触れられる日を切望していたというのに。
流れた月日とヨハンさんという存在が、私をすっかり変えてくれたのだ。
仕事を終えて駐車場へ向かうと、一台だけ停められている白い車があった。
正直、亮の元へ向かうかとても迷った。
あんな形で終わった関係で、今更目の前に姿を現した彼とまともな会話ができるとも思えなかった。
けれどここへ来たのは、理由を知りたかったから。あの日突然告げられた別れの理由を。
亮に対する気持ちはもうすでに過去のものもして整理できているのだけれど、それがずっと心に引っかかっていて、わだかまりのようになっていたことは否定できなかった。
車の横に静かに立つと、亮が運転席から助手席を開け、座るようにと私に目を向けた。少し抵抗があったけれど、話をするだけだ。
事実を教えてもらったらすぐに帰ろう、と自分を納得させて、私は助手席に座って車のドアを閉じた。
「…ねえ亮、どうしてあの日…っ」
そこから先の言葉は紡ぐことができなかった。言うよりも早く、亮が私の身体を強く抱き締めていたからだ。
ふわりと香る、懐かしい匂い。驚いて息を飲むと、耳元で亮が口を開いた。
「会いたかった…ユリ」
「…っ、何言ってるの…」
一方的に、しかも突然別れを告げたのはそっちじゃない。そう言ってやりたかったけど、あまりにも切なげな亮の声に私は口を噤んだ。
抱き締められている腕にさらに力が込められるのを感じる。苦しいくらいだ。
「なんの前触れもなく突然だったし、別れる理由も教えてくれなかったくせに…!いまさら…」
「…聞いてくれ、ユリ。あの時オレは心臓の病気をを患っていたんだ」
「…え…」
「難病だった。治る事はないだろう、と医者に言われた」
「…」
「そう告げられた時、真っ先にお前の顔が頭に浮かんだ。オレの将来をかけて幸せにしてやろうと思っていた、お前の顔が」
不意に、亮と過ごした幸せな日々が頭の中をよぎる。あの笑顔の裏で、亮は苦しんでいたというのだろうか。
「だから別れを告げた。オレの手で幸せにしてやる事ができないと思ったからだ」
「…い、今は…?病状はどうなの?」
「あの後、オレの病気を治せるかもしれないという施設を海外に見つけた。そこで治療を受けて、完治までとはいかないがお陰で命の危機はなくなった」
そこまで聞いて、ようやく少しだけ身体の力を抜くことができた。よかった。亮は生き続けることができるんだ。
「そっか…よかった」
「…すまなかった、ユリ。あの時はお前に辛い思いをさせてしまった」
「ううん」
私は小さく首を振った。
「亮だって辛かったよね。…ありがとう」
あの日苦しかったのは私だけじゃなかった。
むしろ私よりも彼は苦しんでいたのかもしれない。自分はいずれ死ぬと考えて、私に別れを告げるという選択をしたのだから。
「理由が知りたかったの、ずっと。今日…聞けて良かった。これで安心して前に進めそう」
「待ってくれ、ユリ。オレは…」
「…?」
「別れた後も、ずっとお前のことだけ考えて生きてきた。自分から関係を断ち切ったくせに…諦め切ることが出来なかった」
ーそんな、まさか。
あり得ないと思いつつも、私は亮の腕の中で動けずにいた。
「オレの気持ちは変わっていない。…好きだ」
静かな車内で、自分の心が切なく声を上げたのを感じた。
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