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半ば足を引きずるようにして、家路を行く。
亮に気持ちを告げられたあと、私は彼の腕を振り解き、逃げるようにして車から降りた。
「…今さら遅いよ…」
ぎり、と奥歯が音を立てる。
一体どんな気持ちであの日、亮を見送ったと思っているのだろう。
そしてその日から、どんな気持ちで日々を過ごしたと思っているのだろう。
将来まで想像をしていた相手に、ある日突然一方的に別れを突きつけられた。理由も告げられずに。
…けれど。
けれどそれ以上に、亮は苦しかったに違いない。そう思ったら涙が溢れて溢れて止まらなかった。
家に着くなり私はスーツの上着を脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込んだ。カバンの中で携帯が音を立てているのが聞こえる。仕事が終わったら連絡をくれると言っていたから、きっとヨハンさんだろう。
「…はい」
『ユリ?お疲れ。いま大丈夫か?』
「はい、大丈夫です」
『そうか。実は今外回りが終わって帰り途中なんだ。ホントは家に帰ってから電話しようと思ったんだけど、早く声が聞きたくてさ』
携帯越しに、照れたような声が聞こえる。
ヨハンさんの声を聞くだけで、その表情を想像して思い浮かべるだけで、私の胸は満たされると共にぎゅっと締め付けられた。
今すぐ会いたい。
その両腕に包まれて、大好きな香りと体温を感じながら目を閉じて眠りたい。ヨハンさんで私の中をいっぱいにして欲しい。
けれどそれを今言うのはわがままだ。
遅い時間まで仕事をして疲れているヨハンさんの負担にはなりたくない。
『…ユリ』
「え?」
『…いや、なんでもない。声聞けて嬉しかった。明日また会社でな』
「はい。おやすみなさい、ヨハンさん」
『ああ。…好きだよ、ユリ』
「!…っ」
それじゃおやすみ、という言葉の後、プツリと音がして通話が切れる音がした。着信履歴に残ったヨハンさんの名前を見るだけで切なさが込み上げるのを感じる。
「そうだ…明日も会えるんだから、大丈夫だよ…」
自分自身にそう言い聞かせる。
今は亮の事が頭から離れないけれど、すぐにヨハンさんが忘れさせてくれる。だからしっかりと寝る支度をして、明日を迎える準備をしよう。
私は力の入らない身体を無理やり起こし、まずは部屋着に着替えようとベッドから這い出た。
翌朝、会社の建物へ入ると、二階へ上がるエレベーターに乗る前にヨハンさんに会った。
「おはよう、ユリ」
「おはようございます。昨日は遅くまでお疲れ様でした」
「ああ、ありがとう。…あのさ、昨日言いかけてた事なんだけど」
「え?」
そういえば何か言おうとしていたような気がする。ヨハンさんの方を見ると、彼は少し俯いて真剣な表情をしていた。
すぐにエレベーターのドアが開き、二階に到着する。並んでフロアに出ると、ヨハンさんは私の方を見て言った。
「今日、仕事終わったあと時間あるか?」
「はい…大丈夫です」
「良かった。オレも今日は定時で帰れるから、一緒に帰ろう。話があるんだ」
「話って…?」
「そんなに不安そうな顔しないでくれよ。大丈夫、ちゃんと話すから」
ヨハンさんはそう言って私の頭を軽く撫でると、仕事部屋へと入っていった。
「おはよ、ユリちゃん」
「!由季さん…」
不意に背後で聞こえてきた声に、私はびくりと肩を震わせた。今しがたエレベーターに乗ってきたのであろう由季さんがそこにいたからだ。
由季さんはいつもと変わらず笑顔を浮かべていたけれど、その表情はどこか寂しげだった。
「うん…そうだよね、分かってた事だもん…」
「…由季さん?」
「…なんでもない。ごめんねユリちゃん。部屋、入ろっか」
努めて明るく振る舞っている、という様子に見受けられる。由季さんに、ヨハンさんとの今のやり取りを見られてしまったのだろう、と私はすぐに感じた。
それでも由季さんは就業中も、いつもと変わらず優しく接してくれた。分からないことがあれば快く教えてくれたし、仕事の先輩として仲間として、気を配ってくれているのを感じた。
私はそんな由季さんのことが好きだった。
だからこそ苦しくて、どうしたらいいのか分からなかった。
私のココロなんて、本当に脆くて壊れやすい。
それが音を立てて崩れていく時がすぐ近くまで迫っているなんて、まだ知らなかった。
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